
日本 六古窯Niho Rokkoyou

日本 六古窯(686年〜)
(写真は「如水庵」様より引用)
六古窯は日本古来の陶磁器窯のうち、中世から現在まで生産が続く代表的な六つの窯の総称です。
朝鮮半島や中国からの渡来人の技術によって開始された近世からの窯とは区別されます。
愛知県瀬戸市の瀬戸焼、愛知県常滑市の常滑焼、福井県丹生郡越前町の越前焼、滋賀県甲賀市の信楽焼、兵庫県篠山市今田町の丹波立杭焼、岡山県備前市伊部の備前焼です。
日本六古窯は中世六古窯のことで、最近の研究では中世二十数窯とも言われ、その数は増えています。
六古窯で生産した作品の数々は兵庫県篠山市今田町にある「日本六古窯現代名陶館」において見ることができます。
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日本 六古窯 歴史
- 瀬戸焼(愛知県)
- 現在の瀬戸市の東南部にある猿投山山麓でやきものづくりは始りました。釉(うわぐすり)をかけて焼くという本格的な技法をとっていたのは、当時の六古窯のなかでも瀬戸だけ、他の窯場では、やきしめといって温度を高めて堅く、そして吸水性をなくするまで焼く方法をとっていった。
- 常滑焼(愛知県)
- 衛生陶器やタイル、土管といった建材、植木鉢、または、朱泥急須などの茶器が思い浮かぶが、それは明治以降のことで、古常滑と呼ばれる初期のものは歴史が古く、六古窯の中でも最古で最大規模で、須恵器の時代の平安末期までさかのぼり壺や甕が主産品だ。
- 越前焼(福井県)
- 古常滑と同じような歴史をもつ越前焼です。壺や甕が主産品ですが、興味をひくことには、室町時代以降「お歯黒壺」といって既婚婦人が歯に用いる鉄漿の容器が盛んに作られた。ろくろを用いない奇妙な形のこの小壺は後年風流人に好まれ、一輪挿しなどに使われた。一時期は、廃窯になり火が途絶えましたが、近年復興が進み、再び火がよみがえた。
- 信楽焼(滋賀県)
- 火鉢の生産が大正時代から始まり、昭和の初期には名物の狸の置物がつくられるようになり、大もの陶器の産地として知られる信楽焼は、紫香楽宮の屋根瓦を焼くことから始まったとされ、大火で都が消失した後は、種もみ用の壺などが細々と生産されておったが、室町時代になり、土味を生かした素朴な風合いが茶人の目に止まり、茶陶として発展した。
- 丹波焼(兵庫県)
- 六古窯の他の窯と同じような生い立ちで、壺、甕、すり鉢などの生活雑器をつくり続けていったが、茶人小堀遠州の好みによって、味わいのある茶陶が焼かれるようになった。蛇窯という穴窯で長時間焼かれる灰かむりは、野放で重厚だ。
- 備前焼(岡山県)
- 今や名陶、陶芸品の代名詞ともなりつつある備前焼も、六古窯のひとつとして平安末期に始められた頃は、生活雑器や壺、甕などの実用品を焼く普通の窯場だ。ところが室町以降は、高温に耐える良質の陶土を生かし、2週間にも及ぶ焼成で徹底して焼き締め、その長時間の中で起こる窯変が茶人の好みをうけ大いに盛んになった。
日本 六古窯 代表作
- 「瀬戸焼 鳥形鈕蓋付台付短頸壺」 (6世紀後期) 瀬戸市歴史民俗資料館蔵
- 「常滑焼 三筋壷」 (12世紀)
- 「越前焼 双耳壺」 (年) 福井県陶芸館
- 「信楽焼 海鼠釉」 (年)
- 「丹波立杭焼 山椒壷」 (江戸初期)
- 「備前焼 天水皿」 (年)

日本 六古窯「瀬戸焼 鳥形鈕蓋付台付短頸壺」(6世紀後期)











