
大 判Ooban

大 判(1588年〜)
(写真は「ウィキペディア」様より引用)
大判は広義には16世紀以降の日本において生産された延金(のしきん/のべきん:槌やローラで薄く広げた金塊)の内、楕円形で大型のものをいます。
小判が単に「金」と呼ばれるのに対し大判は特に「黄金」と呼ばれ、大判金(おおばんきん)ともいいます。
古来砂金は大口取引に用いられてきたが、戦国時代に入り金山の開発が活発になると金屋(かねや)といった両替商兼金細工師が登場するようになり、練金(ねりきん)あるいは竹流金(たけながしきん)といった金塊を槌で叩き伸ばし、内部まで金でできていることを証明する、判金(ばんきん)が登場しました。
大判の数々は東京都中央区日本橋本石町にある「貨幣博物館」において見ることができます。
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大判 歴史
- 1588年
- 豊臣秀吉の命で後藤四郎兵衛家(京金工)が製造したのが始まりとされる。
- 1859年
- 後藤家(京都、後に江戸)が製造。
- 1860年
- 京目10両(44匁、約165グラム)と一貫しているが、品位(純金含有量)は、時代により変化している。幣価は「金一枚」であり、小判の通貨単位「両」とは異なり、小判との交換比率は純金量を参考に大判相場が決められた。
大 判 代表作
- 「万延大判」 ()
- 「天正大判」 ()
- 「天正菱大判」 () 造幣博物館所蔵

大 判「天正菱大判」()











