
近藤 悠三Yuzo Kondo

近藤 悠三(1902〜1985)
(写真は「ポーラ伝統文化振興財団」様より引用)
近藤悠三は明治三十五年に清水寺門前の家に生まれた陶芸家です。
陶磁器染付の分野で重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受け、わが国の陶芸界に大きな足跡を残しました。
十二歳で、ロクロ技術を習得するため陶磁器試験場付属伝修場に入所した近藤悠三は、そこで河井寛次郎氏や浜田庄司氏と出会い、また十九歳からの三年間、富本憲吉先生の助手となって修業を重ねました。
二十二歳で独立した近藤悠三が、母親の助力を得て仕事場を設けた場所で、ひたすら想を練り技を磨きながら、近藤悠三は陶磁器染付の最高峰と称されるまでに、みずからの作境を高めていったのです。
人の思想や人格の形成は、環境に負うところが大きいとされるでしょう。
近藤悠三の作品の数々は京都市東山区にある「近藤悠三記念館」において見ることができます。
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近藤 悠三 年表
- 1902年
- 京都市清水寺下 父:正平・母:千鶴の三男として生まれる。
- 1914年
- 京都市東山区安井小学校卒業。京都市立陶磁器試験場附属伝修所轆轤科 入所。
- 1917年
- 伝修所轆轤科卒業京都市立陶磁器試験場に助手勤務。河井寛次郎・濱田庄司が技手として陶器を研究中。濱田庄司より窯業科学等を教わる。
- 1921年
- 富本憲吉が大和安堵村に窯を築いたので陶磁器試験場をやめ、富本氏の助手となる。
- 1924年
- 富本氏のもとを辞す、関西美術院洋画研究所に通院、デッサン・洋画の研究のかたわら、図書館などに通い広く学ぶ。
- 1926年
- 中島光子と結婚。
- 1928年
- 第9回帝展「呉須薊文かきとり花瓶」 出品 初入選。(以後13回連続入選)。
- 1929年
- 第10回帝展 「だりや文呉須花瓶」入選。
- 1939年
- 第3回文展「柘榴土焼花瓶」特選。
- 1950年
- 第6回日展審査員。「雲之図壺」出品。
- 1953年
- 京都市立美術大学陶磁器科助教授 就任。
- 1956年
- 回日本伝統工芸展 「山水染付壺」 日本伝統工芸会賞受賞。岐阜県多治見にて志野焼を研究製作。
- 1958年
- 京都市立美術大学教授に任命。
- 1965年
- 京都市立美術大学学長。
- 1967年
- イラン(ペルシャ)ラレージン村に滞在し現在の窯材料を用いて作陶。
- 1970年
- 紫綬褒章受章。
- 1973年
- 勲三等瑞宝章受章、京都市文化功労者章受章。
- 1975年
- 「梅染付大皿」完成。
- 1977年
- 染付技法 重要無形文化財保持者として認定。
- 1980年
- 紺綬褒章受章。
- 1982年
- 京都市名誉市民。
- 1985年
- 83歳 2月25日没。
近藤 悠三 代表作
- 「染付柘榴文壺」 (1957年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付岩文壺」 (1960年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付山水文大皿」 (1962年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「葡萄棚染付壷」 (1964年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「染付柘榴文中皿」 (1966年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付梅花大飾皿」 (1975年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「山赤地金彩大皿」 (1976年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「梅呉須赤絵大皿」 (1976年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「山染付大皿」 (1976年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「松染付金彩皿」 (年) 近藤悠三記念館所蔵

近藤 悠三「松染付金彩皿」(年)











