
富本 憲吉Kenkichi Tomimoto

富本 憲吉(1890〜1966)
(写真は「日経ビジネス」様より引用)
富本憲吉は奈良県生駒郡安堵町出身、大地主の家に生まれた陶芸家であります。
幼少より絵を学び、東京美術学校に入学して建築、特に室内装飾を専攻します。在学中にウィリアム・モリスの工芸思想に影響され、卒業前にロンドンへ私費留学しました(留学中に卒業)。
ヴィクトリア&アルバート美術館に日参し、アーツ・アンド・クラフツの美術にもふれます。ロンドンで建築家、新家孝正と出会い、写真助手としてインドを巡ります。実家から帰国命令が届いたため、ロンドンから帰国し、来日していたバーナード・リーチと出会い、交友を深めてゆきます。清水組(清水建設)に入社するが、ほどなく退社します。
日本の近代陶芸の歴史においても、個人の美意識に基づく作品の制作を初めて成し遂げた先駆者として名高く、欠くことのできない存在です。
作陶では「模様から模様をつくらず」という言葉を生涯の信念とし、写生にもとづく数々の優れた文様を創作し、それらを作品に描きました。
奈良の安堵村で本格的に作陶活動を始めて間もなく、「私は今年から出来得る限り安価な何人の手にも日常の生活に使用出来る工芸品をこさえたいと思い出しました。このことは私に取って随分重大なことで、今後の私の進むべき道に非常な関係があることと思います」という文章を残しています。
富本憲吉の作品の数々は奈良県生駒郡安堵町にある「富本憲吉記念館」において見ることができます。
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富本 憲吉 年表
- 1886年
- 6月5日、奈良県安堵村東安堵にて、ふさの長男として生まれる。大地主の家に生れ 幼少より絵を学ぶ。
- 1892年
- 安堵村小学校に入学。
- 1893年
- 祖父の友人日本画家、嘯園に南画を学ぶ。
- 1896年
- 斑鳩高等小学校 入学。川口伊慎に数学特別教育を受ける。
- 1903年
- 日本美術院主催 展覧会に法隆寺壁画の模写作品出品 入選。
- 1904年
- 東京美術学校図案科 入学。
- 1905年
- 建築・室内装飾 専攻。日本画を川端玉章・洋画を岡田三郎助に学ぶ。
- 1908年
- 英国 私費留学。ホイッスラー、ウィリアム・モリスの工芸思想を勉強し、西洋建築修学。
- 1909年
- 東京美術学校を不在のまま卒業 渡英。アーツのステンドグラス科に入学 装飾について勉強。
- 1910年
- 安堵村 自邸にアトリエを構え版画・彫刻などの工芸制作。
- 1911年
- 帰国。バーナード・リーチと出会い、交友を深めてゆく。リーチは陶芸家の六代尾形乾山に学ぶ。
- 1912年
- 清水組 入社。住宅建築の透視図を建築教会主催コンクール出品受賞。木版画・染織等の制作。リーチと共に六代尾形乾山を訪ねる。
- 1913年
- 楽焼の窯を築き、制作。木版染織の制作も行う。津田青楓と二人展開催 楽焼・染織・木版画を発表 斬新な図案で好評を得る。
- 1914年
- 尾竹一枝と結婚。
- 1915年
- 故郷に本格的な窯を築く。李朝に影響された物や民芸調の作品を制作。白磁の焼成に成功する。
- 1918年
- 新潟県能生の伊藤助衛門と親交を結ぶ。
- 1919年
- 瀬戸・信楽・京都の窯場巡り。独自の白磁壺を制作。
- 1920年
- 助手小城久次郎の協力で磁器の陶板焼成に成功。
- 1923年
- 陶磁器研究のため朝鮮へ旅行。李朝白磁、象嵌等の研究。
- 1926年
- 世田谷に住まいに窯を築く。白磁・染付の制作。
- 1927年
- 第6回国画創作協会 特別出品。同会会員となり工芸部設立に尽力する。
- 1928年
- 第7回国画創作協会 工芸部 白磁・染付・色絵に独自の意匠を示した。国画会工芸部の中心的存在となり指導力を発揮する。東京での初窯を焚く。
- 1930年
- 一家で長崎旅行。波佐見・三河内古窯を自ら発掘。金銀彩の上絵付けに成功。
- 1931年
- 日本版画協会会員。英国にてリーチと合同展開催。
- 1933年
- 磁器による大型の角筥焼成に成功。
- 1934年
- リーチ来朝。
- 1935年
- 帝国美術院会員「陶匠大家作品展」出品。
- 1936年
- 東京松坂屋「第1回近作日本画展」開催。色絵磁器研究のため九谷の北出塔次郎の窯で制作する。東京松坂屋「第2回陶器近作展」開催。
- 1937年
- 芸術院会員任命。第1回新文展審査員。
- 1940年
- 紀元2600年奉祝美術展覧会委員。
- 1941年
- 九谷へ行き、北出塔次郎窯で制作。
- 1942年
- 東京高島屋 個展開催。第5回新文展の審査員。
- 1944年
- 東京美術学校教授。
- 1946年
- 色絵に加え金銀を同時に焼き付ける技法完成。羊歯文様等による独自の作陶世界を確立。渋草焼の窯で制作と指導をする。国画会創立20周年記念「富本憲吉20年史室」同会に設置。単身郷里の安堵村に帰る。東京美術学校教授・芸術院会員を辞す。福田力三郎の窯で制作。同志と共に国画会脱退。
- 1947年
- 新匠美術工芸会結成。代表に推挙。
- 1948年
- 山田普E鈴木清・天坊武彦らの窯にて制作。京都の宮永陶山窯のデザイン指導を行う。
- 1949年
- 京都市立美術大学教授。
- 1951年
- 新匠美術工芸会を「新匠会」と改称。羊歯の連続模様完成、金銀彩同時焼成を成功。
- 1954年
- 東京高島屋にてリーチ・浜田庄司・河井寛次郎と「4人展」開催。
- 1955年
- 重要無形文化財技術指定保持者 認定。
- 1956年
- 愛媛県砥部にて陶石の視察・制作を行う。砥部焼の指導も行う。
- 1961年
- 文化勲章授章。大原美術館に陶器館完成。リーチ・河井・浜田と共に常棟室が設置。
- 1962年
- 日本経済新聞社「私の履歴書」連載。京都市に新居を構える。第3回国際陶芸展出品、銀賞受賞。
- 1963年
- 京都市立美術大学学長に就任。6月3日逝去。従三位・勲二等旭日重光章。
富本 憲吉 代表作
- 「大和川急雨」 (1925年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「白磁水指」 (1926年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付祖師ヶ谷風景飾壺」 (1929年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「柿釉金彩小壺」 (1931年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「白磁八角蓋付壺」 (1932年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「白磁珈琲器」 (1933年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付陶板 京城東大門満月」 (1934年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「染付角箱」 (1935年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「色絵草花文角鉢」 (1937年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「色絵薊文角鉢」 (1938年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「色絵四弁花文角飾筥」 (1940年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
- 「自製色絵飾箱之図」 (1942年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
- 「染付金彩 大和河急雨 皿」 (1958-1959年) 東京藝術大学大学美術館所蔵

富本 憲吉「染付金彩 大和河急雨 皿」(1958-1959年)











