
芥川 龍之介Ryunosuke Akutagawa

芥川 龍之介(1892〜1927)
(写真は「ウィキペディア」様より引用)
芥川龍之介は、日本の小説家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼を用いました。
その作品の多くは短編で、「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などの古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」など、童話も書きました。
作品は、多く短篇小説が知られています。しかし初期の作品には、西洋の文学を和訳したものも存在する(「バルタザアル」など)。英文科を出た芥川は、その文章構成の仕方も英文学的であるといわれています。
芥川龍之介の作品の数々は「山梨県立文学館」において見ることができます。
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芥川 龍之介 年表
- 1892年
- 東京市京橋区入船町8丁目(現中央区明石町)に牛乳屋を営む新原敏三、フクの長男として生まれる。
- 1898年
- 江東尋常小学校入学。
- 1903年
- 母が亡くなり、翌年叔父の芥川道章(フクの実兄)の養子となり芥川姓を名乗ることになった。
- 1910年
- 中学の成績優秀者は無試験入学が許可される制度が施行され、龍之介はその選に入る。
- 1913年
- 東京帝国大学文科大学英文学科へ進学。
- 1916年
- 第4次『新思潮』を発刊したが、その創刊号に掲載した「鼻」が漱石に絶賛される。
- 1918年
- 教職を辞して大阪毎日新聞社に入社、創作に専念する。
- 1919年
- 友人の山本喜誉司の姉の娘である塚本文と結婚。
- 1921年
- 大阪毎日海外視察員として中国を訪れ、北京を訪れた折には胡適に会っている。
- 1923年
- 湯河原町へ湯治に赴いている。
- 1927年
- 義兄の西川豊が放火の嫌疑をかけられて鉄道自殺する。
- 1918年
- 「続西方の人」を書き上げた後、致死量の睡眠薬を飲んで自殺した。
芥川 龍之介 代表作
- 「老年」 (1914年)
- 「羅生門」 (1915年)
- 「芋粥」 (1916年)
- 「戯作三昧」 (1917年)
- 「地獄変」 (1918年)
- 「魚河岸」 (1922年)
- 「藪の中」 (1924年)
- 「河童」 (1927年)
- 「神々の微笑」 (年)

芥川 龍之介「神々の微笑」(年)











