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天田 愚庵Guan Amada

天田愚庵 写真

天田 愚庵(1854〜1904)

(写真は「うつくしま電子事典」様より引用)

天田愚庵は幕末武士の家に生まれ、戊辰戦争で生き別れた父母妹の行方を探す全国巡りの旅を続ける一方、青年時代は政治活動に奔走、ある時は清水次郎長の養子になり、ある時は写真技師、新聞社に勤め、晩年は禅僧となるなど数奇な生涯を送った明治の歌人。

漢詩、和歌に優れ、俳人正岡子規に影響を与えたほか、山岡鉄舟の庇護を受けるなど生涯変わらぬ多くの知己を得た。

天田愚庵につきましては京都市左京区吉田本町にある「京都大学附属図書館」において見ることができます。

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天田 愚庵 年表

 
1854年
磐城平藩士甘田平太夫を父に、同藩医の娘浪を母とする5男に生まれ、幼名を久五郎といった。
1868年
辰戦争で磐城国も戦場となり、兄善蔵が出陣、父は浪、久五郎、延を連れて中山村に疎開。
1871年
伊藤祐之と共に上京、神田駿河台のニコライ神学校に入る。
1872年
縁あって正院という当時最高官庁の役職にあった小池詳敬の食客となり、その紹介により山岡鉄舟の門下となり、また落合直亮について国学を学ぶ。
1874年
小池に伴われ東海道・中国・九州歴訪の旅で長崎滞在中、江藤新平の「佐賀の乱」起こり、その一味と誤認されて牢に繋がる。
1877年
西南の役後司法学校生陸羯南、大岡育造らと交わる。
1878年
軽挙妄動を戒められ鉄舟の勧めで清水次郎長に預けられる。
1892年
春京都清水産寧坂に草庵が完成し移る。鉄眼はこの庵を愚庵と名付け、自らも愚庵と号した。
1893年
秋から冬にかけ西国巡礼に出発、この経緯が『巡礼日記』に綴られ、翌年日本新聞社より出版される。
1900年
治天皇の御陵地選定のため入洛した品川弥二郎と伏見桃山で観梅、その年新庵を同所に竣工。
1925年
1月遺偈と辞世歌、遺言覚書を書し、17日法弟策堂、実堂の二人に読経させ終わらぬうちに息絶えたという。

天田 愚庵 代表作

「遺言書」 (年) 京都大学附属図書館所蔵
「書」 (年)
天田 愚庵
天田 愚庵「遺言書」(年)

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