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古田 重然Shigenari Furuta

古田重然 像

古田 重然(1544〜1615)

(写真は「ウィキペディア」様より引用)

古田重然は戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。山城国西ヶ丘藩主であります。現岐阜県出身。

一般的には茶人・古田 織部(ふるた おりべ)として有名。通称は左介、初名は景安。
「織部」の名は、壮年期に従五位下織部正(織部助)の官位に叙任されたことに由来しています。
千利休が大成させた茶道を継承しつつ大胆かつ自由な気風を好み、茶器製作・建築・造園などにわたって「織部好み」と呼ばれる一大流行を安土桃山時代にもたらしました。

古田重然につきましては愛知県名古屋市にある「名古屋市博物館」において見ることができます。

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古田 重然 年表

 
1544年
美濃国本巣郡の山口城主・古田重安の弟で古田重定(勘阿弥、還俗し主膳重正と改名したという)の子として生まれる。
1567年
織田信長の美濃進駐と共にその家臣として仕え、重然は使番をつとめた。
1569年
摂津茨木城主・中川清秀の妹・せんと結婚。
1576年
山城国乙訓郡上久世荘(現在の京都市南区)の代官となった。
1578年
織田信忠の播磨神谷城攻めに使番として手柄を立て。
1583年
伊勢亀山城の滝川一益を攻め、同年4月の賤ヶ岳の戦いでも軍功をあげる。
1585年
紀州根来・雑賀討伐、四国攻めにも秀政と共に出陣している。
1591年
秀吉によって利休の追放が決まると利休と親交のあった諸将が秀吉をはばかって現れない中、重然と細川忠興のみが堂々と利休の見送りを行った。利休死後は、その地位を継承するかのように天下の茶人となった。
1598年
嫡子・重広に家督を譲り隠居した。
1615年
大坂夏の陣のおりに重然の茶頭である木村宗喜が豊臣氏に内通して京への放火を企んだとされる疑いで京都所司代の板倉勝重に捕らえられた。大坂落城後に切腹を命じられた。重然はこれに対し、一言も釈明せずに自害したといわれる。享年72。

古田 重然 代表作

「竹茶杓」 (1613年) 名古屋市博物館所蔵
「織部角鉢」 (年) 名古屋市博物館所蔵
「古田織部重然消息 折紙」 (年) 上林記念館記念館所蔵
古田 重然
古田 重然「古田織部重然消息 折紙」(年)

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