
千 利休 Rikyu Sen

千 利休(1522〜1591)
(写真は「ウィキペディア」様より引用)
千利休は中世末期、戦国時代、安土桃山時代の茶人。茶聖とも称せられます。
何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶(草庵の茶)の完成者として知られます。
幼名は与四郎(與四郎)で、のち、法名を宗易(そうえき)、抛筌斎(ほうせんさい)と号しました。
利休の茶の湯の重要な点は、名物を尊ぶ既成の価値観を否定したところにあり、一面では禁欲主義ともいえます。
利休はさまざまな新しい試みを茶道に持ち込みました。楽(らく)をはじめとする職人を指導して好みの道具を作らせるとともに、みずからも茶室の設計、花入・茶杓の製作など道具の製作にも熱心でありました。
紹鴎の時代にあってもまだ煩雑であった茶会の形式をさらに簡略化するとともに、侘び道具を製作・プロデュースして、多くの支持者・後継者に恵まれたことが、利休を侘び茶の完成者と言わしめる由縁であります。
千利休の作品の数々は「裏千家」において見ることができます。
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千 利休 年表
- 1522年
- 和泉国・堺の商家(屋号「魚屋(ととや)」)の生まれ。
- 1583年
- 描かれた肖像画(正木美術館蔵)の古渓宗陳による讃に「利休宗易禅人」とあることも理解できる。
- 1585年
- 秀吉の正親町天皇への禁中献茶に奉仕し、このとき宮中参内するため居士号「利休」を勅賜される。
- 1587年
- 北野大茶会を主管し、一時は秀吉の重い信任を受けた。
- 1591年
- 利休は突然秀吉の勘気に触れ、堺に蟄居を命じられる。
千 利休 代表作
- 「茶室・待庵」 (年) 京都府大山崎町所在
- 「黄金の茶室」 (年)
- 「武蔵あぶみの書 織部あて」 (年)
- 「寄進状」 (年)
- 「孤舟載月」 (年)
- 「園城寺」 (年)
- 「なみだ」 (年)
- 「書状」 (年) 岩国美術館

千 利休「書状」(年)











