
高橋 泥舟Deisyu Takahashi

高橋 泥舟(1835〜1903)
(写真は「幕末維新新選組」様より引用)
高橋泥舟は日本の武士・幕臣です。
幼名亀太郎、名は順蔵、字は蜆ヱR、号は是真、令哉、対柳居、沈柳亭など。日本の漆工分野において、近世から近代への橋渡しする役割を果たした工人であります。
蒔絵や漆絵では、青海勘七以来絶えていた青海波塗を復活し、青銅塗・四分一塗・鉄錆塗・砂張塗・紫檀塗・墨形塗などの新技法を創始する。また、独特の作風で、内国勧業博覧会などに出品したり、博覧会の審査員をつとめたりして、明治漆工界に貢献しました。
江戸っ子気質だったらしく、東京府知事楠本正隆の仕事依頼を、「自分は公方様(徳川幕府)の時代に人になった者であるからお断りする」、と言ってなかなか引き受けなかったという逸話があります。
高橋泥舟の作品の数々は「幕末維新新選組」において見ることができます。
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高橋 泥舟 年表
- 1835年
- 江戸において、旗本山岡正業の次男として生まれる。
- 1856年
- 講武所槍術教授方出役。
- 1860年
- 術師範役。
- 1863年
- 一橋慶喜に随行して上京。
- 1866年
- 新設の遊撃隊頭取。
- 1868年
- 幕府が鳥羽伏見の戦い敗戦後、帰京した徳川慶喜に恭順を説。
- 1903年
- 牛込矢来町の自宅で没す。享年69。
高橋 泥舟 代表作
- 「書」 (年)
- 「二行書」 (年)
- 「一行書」 (年)
- 「二行書」 (年)

高橋 泥舟「書」(年)











