
山本 玄峰Ganpo Yamamoto

山本 玄峰(1866〜1961)
(写真は「再来 山本玄峰伝」様より引用)
山本玄峰は、和歌山県本宮町生まれの禅僧です。
昭和において多くの著名人が参禅に訪れた静岡県三島市の龍沢寺の住職として有名です。
鈴木貫太郎に終戦を勧め、戦後も象徴天皇制を鋭く示唆します。
多くは文字を知らなかったとされるが豪傑として知られ、その姿を見た剣の達人は「あの人は斬れない。衣と体がひとつになっています。
山本玄峰の作品の数々は「和歌山県情報館」において見ることができます。
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山本 玄峰 年表
- 1886年
- 和歌山県東牟婁郡四村(現・田辺市本宮町)の湯の峰温泉の旅館・芳野屋(現・あづまや旅館)で生まれた。
- 1896年
- 筏流しなど肉体労働に従事。
- 1903年
- 結婚して岡本家を継いだ。
- 1926年
- 諸外国への訪問を開始する。
- 1945年
- 終戦の詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言。
- 1961年
- 静岡県三島市の龍沢寺自坊で96歳をもって断食、遷化した。
山本 玄峰 代表作
- 「光和」 (1955年)
- 「無門関提唱」 (1960年)
- 「興禅大燈国師遺戒」 (年)
- 「月和流水」 (年)

山本 玄峰「月和流水」(年)











