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齋藤 素巖 Sogan Saitou

齋藤素巖 写真

齋藤 素巖(1889〜1974)

(写真は「東京都小平市公式ホームページ」様より引用)

齋藤素巖は大正元年から文展などに作品を発表し、数々の受賞を重ねる一方、わが国初の本格的な彫塑(ちょうそ)専門団体「構造社」を設立した日本近代を代表する彫刻家の一人です。

昭和5年に兜町株式取引所ビルに設置された「商業・農業・工業・交通」(昭和63年のビル解体とともに取り壊される)のほか、兵庫県湊川(みなとがわ)公園「大楠公像(だいなんこうぞう)」、東京赤坂の高橋公園「高橋是清翁像(たかはしこれきよおうぞう)」が代表作としてよく知られています。
小平市(学園東町)には昭和18年に転居し、昭和49年に亡くなるまで、この地で制作活動を行いました。
没後、市は、遺族から寄贈された石こう原型を保存するとともに、ブロンズ鋳造をしてきました。これらの作品の展覧会を中央公民館と武蔵野美術大学の 2会場で同時開催しました。素巖が創設した「構造社」の展覧会も全国各地で行われています。

齋藤素巖の作品の数々は「齋藤素巖・彫刻の小径」において見ることができます。

齋藤素巖の彫刻買取は古美術八光堂にお任せください。全国どこへでも出張買取いたします。

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齋藤 素巖 年表

 
1889年
父知三、母かねの三男として東京市牛込区市ヶ谷富久町で生まれる。。
1896年
府立第四中学校(現戸山高校)に入学。
1901年
東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科予備科に入学(9月本科へ進む)。
1906年
東京美術学校西洋画科を卒業。
1912年
島根県杵築中学校教員となる。
1913年
彫塑を学ぶため、イギリスに渡る。
1916年
帰国。
1917年
第11回文展に「秋」(レリーフ)を出品し、初入選する。
1918年
第12回文展に「敗残」を出品し、特選となる。
1926年
日名子実三(ひなこじつぞう)とともに「構造社」を結成。
1930年
兜町株式取引所ビルに「商業・農業・工業・交通」を各2体、計8体を設置。
1937年
帝国芸術院会員となる。
1942年
現在の小平市学園東町に転居。
1952年
第9回日展に「自然科学者」を出品。
1953年
日展常務理事に就任。
1955年
第12回日展に「七十近し」を出品。
1957年
第1回新日展に「珠−天馬と遊ぶ−」を出品。
1959年
第3回新日展に「沼童の一家」を出品。
1961年
第5回新日展に「競技への招待」を出品日本彫塑家倶楽部を日本彫塑会に改称。
1971年
日本彫塑会名誉副会長に就任。
1974年
死去。

齋藤 素巖 代表作

「農業」 (1930年) あじさい公園所蔵
「遺失物」 (1950年) 小平ふるさと村所蔵
「自然科学者」 (1953年) 天神じゃぶじゃぶ公園所蔵
「少女立像」 (1956年) あじさい公園所蔵
「競技への招待」 (1962年) 小平駅所蔵
「子供と仔鹿海臚と子ども」 (1971年) 野中通り所蔵
齋藤 素巖
齋藤 素巖「自然科学者」(1953年)

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