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安井 曾太郎 Sotaro Yasui

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安井 曾太郎(1888〜1955)

安井曾太郎は商家の息子に生まれて商業高校に行ったものの、中途退学で聖護院洋画研究所(のち関西美術院)とゆーところに入学。“デッサンの天才”と呼ばれフランスに留学、今までの写実主義を捨てるほどの感銘をセザンヌから受けたんだです。

先輩画家の津田青楓が渡欧すると聞いた安井は、津田とともに渡欧することを決意しました。安井は、渡欧に際し、それ以前の作を焼き捨てたとのことで、彼の初期作品はほとんど現存していません。フランスではアカデミー・ジュリアンに学びました。
7年ほどのフランス滞在の間にイギリス、イタリア、スペインなどへも旅行している。第一次世界大戦をと体調の契機に帰国。
しかし日本に帰って来ますと、ヨーロッパのからっと乾いた気候に油絵と、強烈な色彩はよく合っているものの。日本の湿度の強い風土では色はぼやけ、留学中に確立したはずの手法で描く物がなかったというジレンマに陥ったらしーです。

そして彼が苦悩の末到達したというのが和洋折衷。得意のデッサンで緻密な下絵を描き、デフォルメを施すというセザンヌな手法に、使う色は原色に白を混ぜた中間色。そうして作られた淡い色のモデルを浮き立たせるために背景には白と黒のモノトーン。
1955年に、肺炎のため死去。享年68でした(満67歳没)。戒名は明徳院殿浄誉雅仙曽堂大居士。


安井曾太郎の作品は「東京藝術大学大学美術館」において見ることができます。

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安井 曾太郎 年表

 
1888年
京都で木綿問屋を営む商人の家に生まれる。当時の商人の息子の常として商業学校に入学するが、反対する親を説得し、同校を中退して絵の道に進む。
1903年
同校の図画教師 平清水亮太郎に師事。
1904年
聖護院洋画研究所に入所、浅井忠らに師事して絵を学び始める。(同門梅原龍三郎・津田青楓・黒田重太郎)。
1907年
先輩画家の津田青楓が渡欧 同行。フランスではアカデミー・ジュリアンに学んだ。
1910年
アカデミー・ジュリアンをやめ自由研究に入る「パンと肉」「藁屋の庭」製作。
1911年
「垣」「曇り日」製作。
1912年
「巴里の縁日」「女の顔」製作。
1913年
「縫物する若き女」「足を洗う女」「黒き髪の女」「赤き屋根」製作。
1914年
第一次世界大戦が勃発しドイツがフランスに宣戦布告したことに加え、安井自身の健康も悪化していたため、日本へ帰国した。「孔雀と女」「下宿の人々」製作。
1915年
第2回二科会展に滞欧作44点を出品、二科会会員推挙。
1916年
第3回二科会展「ダリヤ」「丘の道」「芽出し頃」出品。
1917年
第4回二科会展「肖像」「グロキシニヤ」「少女」出品。
1918年
第5回二科会展「孟宗薮」「支名那服を着たる女」「早春」出品。
1919年
第6回二科会展「樹蔭」「ダリヤ」「春」出品。
1920年
第7回二科会展「薔薇」「化粧」「静物」出品。「八瀬風景」製作。
1921年
第8回二科会展「人物」「静物」出品。
1922年
第9回二科会展「椅子による女」出品。
1924年
第11回二科会展「黒き髪の女」「京都郊外」「桐の木」「薔薇」出品。
1925年
第12回二科会展「柿実る頃」「秋の村」「裸女」「薔薇」出品。
1926年
燕素会結成に加わる。第1回展「松林」。第13回二科会展「画室」「京都郊外」「ダリヤ」出品。
1927年
第2回燕素会「ダリヤ」「モデル」。第14回二科会展「林檎と苺」「初夏」出品。
1928年
第3回燕素会「静物」「早春」。第15回二科会展「花と少女」「小菊」出品。
1929年
第4回燕素会「樹間の海」。第16回二科会展「坐像」「熱海附近」出品。
1930年
第2回聖徳太子奉纉展「松と海」。第17回二科会展「婦人像」「芍薬」出品。
1931年
第18回二科会展「外房風景」「ポーズせるモデル」「薔薇」出品。
1932年
第19回二科会展「薔薇」出品。
1933年
清光会結成 第1回展「湖畔の道」「雉子」。第20回二科会展「風吹く湖畔」「奥入瀬の渓流」「モデル」出品。
1934年
第2回清光会展「裸女」「薔薇」。第21回二科会展「金蓉」「T先生の像」出品。
1935年
「鵜原風景」作成。帝国美術院会員任命。第3回清光会展「少女」「風景」「紅葉する黄櫨」「松と睡蓮」出品。
1936年
本多光太郎博士像 制作。有島生馬、山下新太郎らと一水会を結成。
1937年
第4回清光会展「少女像」「ばら」。第1回一水会展「深井英五氏像」「承徳の喇嘛廟」出品。
1938年
第5回清光会展「京城府」「薔薇」出品。
1939年
第6回清光会展「白樺と焼岳」「薔薇」。第3回一水会展「福島夫人像」「霞沢岳」出品。
1940年
第7回清光会展「女と犬」。第4回一水会展「菊」出品。
1941年
第8回清光会展「果物」。第5回一水会展「焼岳」「池と穂高」出品。
1942年
第9回清光会展「読書」。第6回一水会展「上高地晩秋図」出品。
1943年
第10回清光会展「ばら」。第7回一水会展「玉笛」出品。
1944年
東京美術学校教授。帝室技芸員。
1946年
第8回一水会展「大観先生」「T夫人の像」出品。
1947年
第12回清光会展「紫禁城」「静物」。第9回一水会展「北平の図」「連雲の町」出品。
1948年
第13回清光会展「秋の明神嶽」「上高地」。第2回美術団体連合展「藤山氏像」。第10回一水会展「徳川氏像」出品。
1950年
文芸春秋 表紙絵を描く。第12回一水会展「孫」「小宮君像」「大内氏像」出品。
1951年
東京芸術大学教授。第13回一水会展「画室にて」出品。
1952年
東京芸術大学教授 辞任。文化勲章を受章。第17回清光会展「楠の新芽」。第14回一水会展「来之宮風景」「腰かける裸女」出品。
1953年
第18回清光会展「湯河原の若葉」。第15回一水会展「湯河原風景」「腰かけのポーズ」出品。
1954年
第19回清光会展「檪と楠」。第16回一水会展「赤き橋の見える風景」出品。
1955年
肺炎のため死去。享年68(67歳没)。

安井 曾太郎 代表作

「裸婦」 (1907年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「素描」 (1909年)
「男子裸体」 (1907年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「婦人像」 (1930年) 京都国立近代美術館所蔵
「金蓉」 (1934年) 東京国立近代美術館所蔵
「鵜原風景」 (1935年)
「本多光太郎博士像」 (1936年)
「承徳喇嘛廟」 (1938年) 愛知県美術館所蔵
「孫」 (1950年) 大原美術館所蔵
「桃」 (1950年) 京都国立近代美術館所蔵
安井 曾太郎
安井 曾太郎「金蓉」(1934年)

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