
靉 光Mitsu Ai

靉 光(1907~1946)
靉光は広島県山県郡壬生町(現・北広島町)に生れた昭和前期(戦前・戦中期)の洋画家。本名石村 日郎(いしむら にちろう)です。
シュールレアリズム風や宋元画風など、特異な画風で知られますが、生前に多くの作品を破棄した上、残された作品も原爆で失われたことからその数は非常に少ないです。
戦時下の状況から、戦争画を描く事を当局より迫られ『わしにゃあ、戦争画は(よう)描けん。どがあしたら、ええんかい』と泣くようにいったといいます。
生前は独特な画風から画壇の主流から外れ“異端の画家”とも呼ばれましたが、死後作品が日本人の油彩表現として一つの到達点を示したとして評価を高めました。
2007年3月から5月、生誕100年を記念する回顧展が東京国立近代美術館で開催されました。
靉光の作品の数々は「独立行政法人国立美術館」において見ることができます。
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靉 光 年表
- 1907年
- 農家の二男として生まれる。
- 1913年
- 伯父の養子となり広島市鉄砲町へ転居。
- 1922年
- 高等小学校卒業後、印刷所に奉公し製版技術を習う。
- 1924年
- 大阪に出て天彩画塾に学び画家を志す。このころから靉川光郎(あいかわ みつろう)と名乗る。靉光とは、これを略したもの。
- 1925年
- 17歳で上京、谷中へ居住し太平洋画会研究所に学んだ。フランス近代絵画の影響を受け、作風がめまぐるしく変化した。
- 1926年
- 二科展に初入選。以降「池袋モンパルナス」と呼ばれた界隈で、独自の画風を追求。
- 1930年
- 画風が変化し、次第に前衛的作品が増える。
- 1936年
- 第6回独立美術展に『ライオン』を発表。2年間ライオンの連作を制作した。
- 1938年
- 第8回独立美術展へ代表作となる『眼のある風景』を出品し、独立美術協会賞を受賞。
- 1943年
- 「新人画会」の結成に参加し主要メンバーとして活躍。
- 1944年
- 『白衣の自画像』完成直後に応召し大陸へ渡る。
- 1945年
- 広島に原爆が投下され、故郷へ残してきた作品、資料の多くが焼失。
- 1946年
- 中国上海郊外でマラリアとアメーバ赤痢により病死した。
靉 光 代表作
- 「編み物をする女」 (1934年) 愛知県美術館所蔵
- 「馬」 (1936年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「眼のある風景」 (1938年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「二重像」 (1941年) 広島県立美術館所蔵
- 「作品」 (1941年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「花(やまあららぎ)」 (1942年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「蝶」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「自画像」 (1944年) 東京国立近代美術館所蔵

靉 光「花(やまあららぎ)」(1942年)













