
青山 義雄Yoshio Aoyama

青山 義雄(1894~1996)
青山義雄は神奈川県横須賀市に生れた洋画家。祖父鈴木鵞湖、父石井鼎湖はともに日本画家でありました。
三重県鳥羽や北海道根室で少年時代を過ごし、14歳で絵に興味を持ち始め、根室商業学校を中退します。
17歳で上京し、文展出品者・高橋勝蔵のもとに通いはじめます。翌年には日本水彩画会研究所に入会し、大下藤次郎ついで永地秀太に師事。同研究所で林倭衛と親交を深めます。
このころ青山は『白樺』などの美術文芸雑誌を愛読し、ゴッホやセザンヌなどを知ることになります。
当時は『革命の画家』などと紹介され、あこがれの存在であったと若き日を思い出し語っていました。
その後、家庭の事情もあり19歳の時には根室に戻り絵筆を握ることはなかったといいます。再び握り始めるのは23歳のころで、フランス行きが決まったのが27歳であります。
この年2月25日フランスに向けて横浜港を出港し、47日間かかってフランスマルセイユに到着するのでありました。
パリで苦学していた青山と、全盛期を迎えようとしているマチスはニースで出会うことになります。
そのきっかけは、生活費を稼ぐためニースにあるサボイ画廊に作品を持ち込んだところ、 店主が非常に気に入ってくれたので、作品を委託して預けました。
その画商は青山のアトリエにあった30点ほどの作品をすべて買取ってかえったようであり、なんとも浅ましい姿であるが、当時貧乏暮らしの 青山にとって非常に助かったようであります。
青山義雄の作品の数々は「独立行政法人国立美術館」において見ることができます。
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青山 義雄 年表
- 1894年
- 神奈川県三浦郡横須賀町に生れる。
- 1908年
- 絵に興味を持ち始め。
- 1913年
- 根室に戻り、画業の中断を余儀なくされる。
- 1921年
- 渡仏。
- 1925年
- 肺を病み、南フランスのカーニュに移る。
- 1926年
- ニースの画廊に預けていた作品がマティスの目にとまり、「この男は色彩を持っている」と称賛される。
- 1931年
- 春陽会会友。
- 1934年
- 辞退。
- 1936年
- 梅原龍三郎の強い勧めで国画会会員となり。
- 1937年
- 第1回佐分賞。
- 1996年
- 102歳で没。
青山 義雄 代表作
- 「二人の男」 (1922年) 神奈川県立近代美術館所蔵
- 「アダムとイヴ」 (1929年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「北洋落日」 (1938年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「南仏風景」 (1959年) 茅ヶ崎市美術館所蔵
- 「カーニュ風景」 (1965年) 東京国立近代美術館所蔵

青山 義雄「南仏風景」(1959年)













