
三岸 好太郎 Kotaro Migishi

三岸 好太郎(1903~1934)
三岸好太郎は戦前のモダニズムを代表する北海道出身の洋画家です。同じく画家であった三岸節子は彼の妻にあたります。
札幌一中(現 北海道札幌南高等学校)を卒業後、画家を志して上京。1923年、第1回春陽展に「レモンを持つ少女」が入選します。翌1924年には第2回春陽展に「兄及び彼の長女」などを出品し、春陽会賞を主席で受賞し、同年に吉田節子と結婚しました。初めはアンリ・ルソー風の素朴な画風から出発し、岸田劉生の東洋趣味への傾倒を経て、やがては中国旅行(1926年)の体験を元にしたエキゾティックでロマンティシズム溢れる画風に転じました。
1930年、福沢一郎らと独立美術協会の結成に参加。最年少の会員となり、独立展で「面の男」など道化をモチーフにした作品を数多く発表します。この頃からジョルジュ・ルオー風のフォーヴィズムの影響が顕著になってきました。さらに、1932年に開催された「巴里・東京新興美術展」に衝撃を受けたことを契機に、その画風は前衛主義に急速に接近していきます。
抽象形態を構成した「コンポジション」や、線条様式の「オーケストラ」などの試作により、純粋主義・機械主義を賛美した彼は、その後シュルレアリスムに移行し、1934年連作「蝶と貝殻」シリーズを発表します。中でも「海と射光」は、単純化した構図に白日夢のような幻想的な光景を現出し、乾いたエロティシズム・東洋的な叙情をも漂わせた、晩年の彼の代表作と言ってよい作品です。
その後も精力的な活動を続けましたが、同年7月旅行先の名古屋で突然倒れ、31歳の生涯を終えました。
三岸好太郎の作品は、「三岸好太郎美術館」や「名古屋市美術館」などで鑑賞することができます。
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三岸 好太郎 年表
- 1903年
- 4月18日北海道札幌区南7条4丁目に生まれる。
- 1909年
- 札幌区立西創成尋常高等小学校入学。
- 1911年
- 転居 札幌区立豊水尋常高等小学校 転校。
- 1915年
- 北海道庁立札幌第一中学校 入学。
- 1918年
- 中学の美術クラブ霞会に属し 図画教師 林竹治郎の指導を受ける。
- 1919年
- 学業不振のため落第。霞会例会出品。霞画会展「秋はさびしい」出品。俣野第四郎、戸村真次郎ら一中生とアネモネ画会をつくり学外で展覧会 開催。
- 1920年
- 霞会例会「雪景色」「肖像」出品。開校25周年記念霞会展に「教会堂」「山」「母に捧ぐ」「日向(ママ)葵」「風の日」「静物」出品。北斗雅会美術展「ジュピターの幸福」「不満」入選。
- 1921年
- 札幌第一中学卒業。東京美術学校建築科(図案科第二部)に入学の親友俣野第四郎と上京。
- 1922年
- 仏蘭西現代美術展でアンリ・ルソーの作品に感銘を受ける。第3回中央美術社展「静物」入選。第9回二科展に出品するが落選。1920年社第2回展「玉葱静物」「板橋風景」を出品。吉田節子と知りあう。
- 1923年
- 春陽会第1回展「檸檬持てる少女」入選。三岸好太郎・俣野第四郎・小林喜一郎油絵展覧会 開催「初冬板橋」「籾工場風景」「砲術学校」「築地舟見橋」「郊外の川べり」「橋畔風景」「静物」「枇杷」「目白台風景」「少女像」「雨後春景」「郊外初夏」「玉葱静物」「景色」「レモン静物」「小学校風景」「レモン持てる少女」「札幌風景」「札幌農大校庭」「静物」「札幌風景」出品。帰京。西巣鴨 引っ越す。一時、鬼塚金華、小林喜一郎も同居していた。家庭購売組合に職を得る。日本美術展「築地風景」出品。
- 1924年
- 春陽会第2回展「兄及ビ彼ノ長女」「春ノ野辺」「友人ノ肖像」「崖ノ風景」入選 春陽会賞首席受賞。春陽会出品仲間(横堀角次郎・斎藤清二郎・倉田三郎・川端信一・土屋義郎)と麓人社結成。麗人社第1回展「肖像」「少女」「少女と犬」「風景(一)」「風景(二)」出品。吉田節子と結婚。
- 1925年
- 節子夫人の実家に滞在。春陽会第3回展「少女の像」「冬の崖」「少年」「美しき少女」「裸体」入選。麗人社第2回展「戦友肖像」「軍楽手三人」「笹藪」「軍楽手」出品。「丹羽秀雄・吉田節子・三岸好太郎展覧会」開催「兄及ビ彼ノ長女」「少年」「男ノ像」「森ノ中(一)」「森ノ中(二)」「裸体」「椿之図」「崖」「郊外ノ景色」「犬ト少女」「黄色ノ洋服」「春ノ幸福」「風景」「馬ト少女」「麦畑」「狐松之図」「童児煎茶之図」「椿」「枇杷之図」「木芙蓉」「二奸」「二果竟色」「札幌風景」出品。北海道美術協会 特別会員 第1回道展「初秋風景」出品。
- 1926年
- 春陽会第4回展「竹藪」「宇治風景」入選。春陽会無鑑査 推薦。東京府美術館開館記念第1回聖徳太子奉讃美術展覧会「安孫子風景」「春暖」出品。同郷の画友岡田七蔵と中国旅行。
- 1927年
- 西巣鴨町大移転。親友「故俣野第四郎遺作展覧会」開催。春陽会第5回展「水瓜」支那の少女」「蘇州の風景」「ゆき」「なすび」出品。麓人社第3回展「南瓜と茄子」「支那の少女」「杭州西湖」「蘇州」出品。黒百合会第21回展「中野氏令嬢」賛助出品。
- 1928年
- 春陽会第6回展「蘇州城外」「冬」「少女」「茶畑」「陽春」出品。鳥海青児・森田勝・節子夫人と札幌に帰り大森滋宅の隣家に秋まで滞在。「三岸好太郎・鳥海青児・吉田節子展覧会」開催。「花」「ダリヤ」「植物園(A)」「ポプラ」「大沼風景」「果樹園(A)」「果樹園(B)」「花畑」「故河合氏肖像」「H博士肖像」「K博士肖像」「曇日」「果物」「札幌風景(A)」「札幌風景(B)」「植物園(B)」「藻岩山」「裸婦(A)」「裸婦(B)」「道」「風景」「風景」「秋」計23点出品。麗人社第4回展「道のある風景」「エルム樹」「道」「葡萄」「花」「花」などを出品。黒百合会第22回展「家(A)」「家(B)」賛助出品。
- 1929年
- 春陽会第7回展「風景」「港の風景」「面の男」「少年道化」出品。東京中野区にアトリエ付の住宅を建てる。麗人社素描展「夜の婦人」「雨上がり(A)」「子供」「港」「庭」「少年道化」「裸体(B)」など出品。国際美術協会第1回内国各派大綜合展「赤い花」「道化」など出品。太地社第5回展「小樽小景」「お面の男」「夕暮」「少年道化」「港の午後」出品。
- 1930年
- 第2回聖徳太子奉讃美術展覧会「青目の少女」出品。春陽会第8回展「マリオネット」「黄服少女」「読書少女」「道化面」「道化面」出品。長男黄太郎生まれる。独立美術協会 創立 最年少会員。
- 1931年
- 独立美術協会第1回展「緑衣少女」「紅衣少女」「マリオネット」「ポプラの風景」「セロイスト」「道化と馬」「馬に乗る道化」「少女」「レビューの男」「赤い道化」出品。独立美術協会秋季展「黄い服」「少女」「横顔」「猫」「道化」「ニコライ」出品。第7回道展「馬に乗るピエロ」出品。
- 1932年
- 独立美術協会第2回展「白馬と道化」「青年道化」「裸婦B」「悪魔」「青年」「裸婦A」「女の顔」「道化役者」「男二人」「白百合」出品。丘人社洋画展「黄服少女」出品。個展開催。「白百合とバラ」「裸婦」「花」「花ト蝶」「花ト少女」「読書少女」「金連花A」「ニコライ堂風景」「白馬」「金連花B」「サルビヤ」「少年道化」「道化」「森」「冬の風景」「南部の跳躍」「札幌風景」「風景」「花」「静物」計20点出品。第8回道展「大通公園」「植物園」出品。独立美術協会秋季展 石版画「女の顔」「道化」「少女」出品。「南部の跳躍」制作 札幌市寄贈。レートン作品展「少女」賛助出品。
- 1933年
- 綜合美術展覧会「海」出品。独立美術協会第3回展「乳首」「花」「新交響楽団」「ダイナミーク」「オーケストラ」出品。北海道新興工芸美術連盟主催 第1回試作展 節子夫人と共作の状差し「豚小屋」ほか30点を出品。小山昇・植木茂ら北海道出身の独立展出品作家10名 北海道独立美術作家協会の結成に指導者的立場参画。北海道独立美術作家協会第1回展「金魚」「見物客」賛助出品。独立美術協会素描展出品。独立美術協会秋季展「構図」「少年」「コンポジション」出品。第2回丘人社洋画展「花」「コンポゼション」出品。
- 1934年
- 独立会員油絵素描小作品出品。独立美術協会第4回展「旅愁」「ビロードと蝶」「飛ぶ蝶」「海洋を渡る蝶」「海と射光」「貝殻」「のんびり貝」出品。凸版印刷素描10点 筆彩素描集「蝶と貝殻」刊行。独立美術協会会員小作品展出品。北海道独立美術作家協会第2回展「ビロードと蝶」出品。心臓発作を併発 31歳 死去。
三岸 好太郎 代表作
- 「少年道化」 (1929年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「檸檬持てる少女」 (1923年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「赤い肩かけの婦人像」 (1924年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「支那の少女」 (1926年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「マリオネット」 (1930年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「道化役者」 (1932年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「オーケストラ」 (1933年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「のんびり貝」 (1934年) 北海道立三岸好太郎美術館所蔵
- 「雲の上を飛ぶ蝶」 (1934年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「蝶と貝殻」 (1934年) 京都国立近代美術館所蔵

三岸 好太郎「海と斜光」(1934年)











