
三岸 節子 Setsuko Migishi

三岸 節子(1905〜1999)
(写真は「一宮市三岸節子記念美術館」様より引用)
三岸節子は愛知県出身の洋画家です。岡田三郎助に師事し、19歳のときに三岸好太郎と結婚します。その後、家事と子育てに追われながらも制作を続けます。
10年ほどの結婚生活の後、彼女が29歳のときに夫の三岸好太郎と死別し、以後画家としての道を突き進んでいきます。職業画家として認められないながら、仲間の女性たちと美術団体を結成するなど、女流画家の存在をアピールし、彼女自身も画壇における地位を確立していきました。
32歳からの菅野圭介との恋の末、49歳で渡仏、原始美術に影響を受けます。63歳になると再度渡仏し、84歳までの20年余りを異国の地で過ごします。帰国後、89歳にして女流洋画家として初めて文化功労者に認定され、93歳で亡くなるまで制作を続けました。
三岸節子の作品は「一宮市三岸節子記念美術館」などで鑑賞することができます。
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三岸 節子 年表
- 1905年
- 愛知県長島郡起町吉田永三郎、菊の四女として起町に生まれる。
- 1921年
- 淑徳高等女学校 卒業。上京 洋画家・岡田三郎助に師事。本郷洋画研究所に通う。
- 1922年
- 女子美術学校2学年に編入。三岸好太郎と出会う。
- 1924年
- 女子美術学校を首席で卒業。三岸好太郎と結婚。
- 1925年
- 春陽会第3回展初出品「自画像」他初入選。婦人洋画協会結成に参加。
- 1932年
- 春陽会から離れ、独立美術協会第2回展に出品 入選。
- 1934年
- 夫・好太郎死去(享年31)。
- 1935年
- 第5回独立展「室内」他が独立賞受賞。
- 1936年
- 長谷川春子ら女性画家7人で七彩会 結成。
- 1939年
- 新制作派協会会員。
- 1945年
- 個展「三岸節子展」開催。
- 1947年
- 女流画家協会創立 発起人参加。
- 1948年
- 洋画家・菅野圭介と別居再婚。
- 1950年
- 現代美術自選代表作展に、現代画家の15人のひとりとして選ばれる。
- 1951年
- 昭和25年度芸能「梔子」選奨文部大臣賞受賞。
- 1953年
- 菅野圭介との結婚解消。
- 1954年
- 渡仏。
- 1955年
- 帰国。
- 1964年
- 現在の神奈川県大磯に転居。
- 1967年
- 収集した好太郎遺作220点 北海道に寄贈。
- 1968年
- 長男 洋画家・三岸黄太郎一家と共に渡仏 南仏カーニュに住む。
- 1969年
- 女流美術家総合展「潮」結成参加。
- 1974年
- ブルゴーニュの小さな農村ヴェロンに移住。
- 1977年
- ヒマラヤ美術館開館、三岸節子作品室 開設。
- 1980年
- 第4回長谷川仁記念賞受賞。
- 1982年
- 帰国。
- 1983年
- 北海道立三岸好太郎美術館が寄贈作品を基に開館。
- 1986年
- 勲三等宝冠章受章。
- 1989年
- 神奈川県大磯に定住。
- 1990年
- 1989年度朝日賞受賞。
- 1991年
- 三岸節子展「画業65年」開催(ワシントン女性芸術美術館)。
- 1992年
- 北海道立三岸好太郎美術館開館15周年記念「三岸好太郎と三岸節子展」。
- 1994年
- 女性洋画家 初の文化功労者 作品「くちなし」「飛ぶ鳥」等。
- 1998年
- 尾西市三岸節子記念美術館が生家跡地に開館。
- 1999年
- 4月18日 急性循環不全により逝去(享年95)。 /dl>
- 「自画像」 (1925年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「群がる馬」 (1938年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「静物(金魚)」 (1950年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「花と魚」 (1952年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「カンナ」 (1952年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「火の山にて飛ぶ鳥(軽井沢山荘にて)」 (1960年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「飛ぶ鳥」 (1962年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「静物」 (1963年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「エジプトの鷹」 (1967年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「坂の上へ(アンダルシア)」 (1987年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「ブルゴーニュにて」 (1989年) 三岸節子記念美術館所蔵
- 「さいたさいたさくらがさいた」 (1998年) 三岸節子記念美術館所蔵
三岸 節子 代表作

三岸 節子「さいたさいたさくらがさいた」(1998年)











