
中村 研一Kenichi Nakamura

中村 研一(1895〜1967)
(写真は「FC2ブログ」様より引用)
中村研一は洋画家です。福岡出身。洋画家の中村琢二は実弟。
修猷館在学中に、生涯の友となる三輪寿壮、日高信六郎らと出会い、児島善三郎、中村琢二らと、絵画同好会「パレット会」を創立し、西洋絵画を勉強します。
藤田嗣治らとともに、軍の委嘱を受け作戦記録画を制作することとなります。作戦記録画『コタ・バル』が第1回大東亜戦争美術展に展示され、朝日賞を受賞します。
1989年、中村の作品を彼の死後も守り続けてきた富子夫人が、それらを長く後世へ伝えたいと、「中村研一記念美術館」を独力で開館しており、後に小金井市へ寄贈され、改修などを経て、2006年に「中村研一記念小金井市立はけの森美術館」となっています。
中村研一の作品の数々は東京都小金井市中町にある「はけの森美術館」において見ることができます。
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中村 研一 年表
- 1895年
- 福岡県宗像郡生まれ。
- 1909年
- 福岡県立中学修猷館に入学する。
- 1914年
- 修猷館を卒業し、美校受験を志すが許されず、京都に出て鹿子木孟郎の内弟子となる。
- 1915年
- 美校受験が許可され、上京し本郷絵画研究所に入る。
- 1919年
- 第8回光風会展に、『お茶の水風景』を出品し初入選する。
- 1920年
- 東京美術学校を卒業する。
- 1921年
- 『涼しきひま』が第3回帝展で特選を受賞する。
- 1923年
- パリに留学し、サロン・ドートンヌ会員となる。
- 1928年
- 帰国し、滞欧作『裸体』が第9回帝展で特選を受賞。
- 1929年
- 『若き日』が第10回帝展で特選を受賞する。
- 1930年
- 『弟妹集う』が第11回帝展で帝国美術院賞を受賞する。
- 1931年
- 帝展の審査委員。
- 1942年
- シンガポールからインドシナへの旅行中に、コタ・バルに15日間滞在し、『安南を憶う』が第5回新文展で昭和奨励賞員。
- 1945年
- 東京大空襲により代々木の住居とアトリエを焼失し、終戦後は、小金井市中町に転居し永住する。
- 1950年
- 日本芸術院会員に推挙される。
- 1967年
- 72歳で没。
中村 研一 代表作
- 「花」 (1924年) 中村研一記念小金井市立はけの森美術館所蔵
- 「南支某基地」 (1941年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「コタ・バル」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「タサファロング」 (1944年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「婦人像」 (1945年) 中村研一記念小金井市立はけの森美術館所蔵
- 「マラヤの装い」 (1946年) 東京芸術大学大学美術館所蔵
- 「座裸婦」 (1965年) 中村研一記念小金井市立はけの森美術館所蔵

中村 研一「マラヤの装い」(1946年)











