
荻須 高徳 Takanori Ogisu

荻須 高徳(1901~1986)
(写真は「稲沢市荻須記念美術館」様より引用)
荻須高徳は、大正・昭和期の洋画家です。愛知県稲沢市生まれで、小磯良平とは東京美術学校(現・東京藝術大学)の同期生にあたります。荻須は画家として活動期間の大半をパリで過ごしました。
初期の作品は佐伯祐三と同じく、ヴラマンクとユトリロの影響が見受けられ、パリの街角、店先などを荒々しいタッチで描いたものが多かったのですが、その後穏やかなタッチで造形性に富んだ構成でパリの都市風景を描くようになります。
荻須は1901年(明治34年)、愛知県中島郡(現・稲沢市)の地主の子として生まれます。愛知県立第三中(現・県立津島高校)を経て、1921年(大正10年)に上京、小石川(現・文京区)にあった川端画学校に入り、藤島武二に師事します。
1922年(大正11年)には東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学。1927年(昭和2年)に同校を卒業すると、9月に渡仏します。1928年(昭和3年)、佐伯祐三らとモラン写生旅行を行い、佐伯の死にも立ちあいます。
荻須の画家としての最初の成功は1928年(昭和3年)のサロン・ドートンヌ入選でした。1934年(昭和9年)には最初の個展をジュネーヴで開催。この頃から、作風も佐伯と見分けのつかないようなものから、落ち着いた色調、静寂さを備えたものへと変化していきます。
サロン・ドートンヌ会員に推挙され、フランスでの地位を確立したかに見えましたが、1940年(昭和15年)に戦況悪化のため一時帰国を余儀なくされます。この時サロン・ドートンヌ出品作がパリ市買上げとなりました。帰国後は新制作派協会の会員となります。
終戦後の1948年(昭和23年)、日本人画家として戦後初めてフランス入国を許可され再び渡仏します。以後死ぬまでパリで制作活動を行うことになる。1982年(昭和57年)にはフランス国立造幣局において荻須高徳の肖像を浮彫にしたメダイユが発行され、後に同国大統領となるシラク・パリ市長(当時)は「最もフランス的な日本人」と彼を評しました。
1986年(昭和61年)パリのアトリエで死去。墓はパリのモンマルトル墓地にあります。彼の作品は「稲沢市荻須記念美術館」などで見ることができます。
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荻須 高徳 年表
- 1901年
- 11月30日 愛知県中島郡に生まれる。
- 1916年
- 愛知県立第三中学校入学。
- 1921年
- 卒業後上京 川端画学校入門 藤島武二に師事。
- 1922年
- 東京美術学校西洋画科 入学。
- 1927年
- 東京美術学校卒業。渡仏。佐伯祐三のグループに入り、佐伯の影響を受けながらユトリロ風の風景画を制作。
- 1928年
- 佐伯祐三らとモラン写生旅行を行い、佐伯の死に立ちあう。署名をOGUISSとする。サロン・ドートンヌに初入選。
- 1934年
- 最初の個展 ジュネーヴ開催。
- 1936年
- サロン・ドートンヌ会員推挙。
- 1940年
- 一時帰国。サロン・ドートンヌ出品作パリ市買上げ。帰国後は新制作派協会 会員。
- 1944年
- 横江美代子と結婚。
- 1948年
- 日本人画家として戦後はじめてフランスへの入国を許可され渡仏。
- 1953年
- ポピュリスト絵画賞受賞。
- 1954年
- 毎日美術賞受賞。
- 1956年
- フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与。
- 1962年
- 中日文化賞受賞。
- 1972年
- 勲三等旭日章に叙される。
- 1973年
- パリ市より、メダイユ・ド・ヴェルメイユ授与。
- 1976年
- 在仏50年記念回顧展開催。
- 1977年
- サロン・ナショナル・デ・ボザール会員。
- 1981年
- 文化功労者に顕賞され10年ぶりに帰国。稲沢市を訪問。
- 1982年
- フランス国立造幣局 荻須高徳肖像を浮彫にしたメダイユが発行。同国大統領シラク・パリ市長(当時)「最もフランス的な日本人」と彼を評した。
- 1986年
- 10月14日パリのアトリエで死去。文化勲章を受章する。
荻須 高徳 代表作
- 「広告塔」 (1928年)
- 「婦人像」 (1931年)
- 「広告のある家」 (1931年)
- 「ノワルムーチェの風車」 (1934~36年)
- 「サン・タンドレ・デザール広場」 (1938年) ポンピドゥーセンター蔵
- 「モンマルトル裏」 (1940年) 東京国立近代美術館蔵
- 「パリの屋根」 (1950年)
- 「僧院の並木」 (1976年)
- 「金のかたつむり」 (1978年) 稲沢市荻須記念美術館蔵
- 「モンパルナス」 (1981年)

荻須 高徳「金のかたつむり」(1978年)











