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脇田 和 Kazu Wakita

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脇田 和(1908〜2005)

脇田和は1911年(明治44)東京青山で生まれ、昭和期に活躍した洋画家。

父の勇は金沢出身の実業家、シンガポールやサイパンに会社を創ったり、ヨーロッパからの輸入品を扱う貿易関係の仕事をしたりと手広く事業を展開しました。
趣味も多彩で、絵や骨董、お茶や謡いなどを好み、画会を開いたり、画学生を自宅に招いて襖絵を描かせたりと、とても魅力的な人物像が思い浮かびます。
家は広壮なもので、敷地に大きな池はむろんのこと、裏には森までがあり、幼い和氏はバードウォッチングや鳥の写生をして育ったのでした。

17際の時、女性像の描写を得意とした洋画家、岡田三郎助の門下生となり本郷研究所入所へ通い始めた清永は、後に東京美術学校に入学。在学中、1933年に開催された第14回帝展に初出品し、初入選を果たします(当時22歳)。その後は絵画の道を進み、日展や白日会などにおいて長年活躍し、日本風の表現が美しい歴史に残る洋画家としての道を歩みました。
はじめは日本画家だったのですが、家具などの買い付けにヨーロッパに出向いた父勇が油絵に魅せられ、いつのまにか和氏は油彩画家となるべく、レールが敷かれたのでした。
大正12年、15歳の和氏はドイツへ留学することになります。それは姉が某商事のベルリン駐在員と結婚するに際し、姉一人では寂しいだろうから同行するようにと父から勧められたのでした。
ベルリン国立美術学校に学び、昭和5年に卒業して帰国するまで足かけ8年間の留学は、画工というべき様々な職人的技術を身につけようと自ら意図したもので、これが、後年脇田氏が挿絵や版画、コラージュ等を手がける基礎となったのでした。

この留学生活はその始まりと終わりに二人の身内の死を迎えることとなってしまいました。和氏がマルセイユに着くのは大正12年9月2日、前日日本では関東大震災がおき、長兄が亡くなってしまうのです。
そして昭和5年、卒業を数日後に控えた9月18日、父が52歳で死去し、和氏は優秀な学業の証として金メダルと卒業証書を手に、帰国の途に着くのでした。

昭和初期、画壇には東京美術学校閥というものが確固としてありますし、留学生が目指すのはたいがいフランスでした。ドイツの美術学校で学んだ脇田氏には、画家の知人はまったくいないという状況です。
こうした中で、光風会展や帝展に出品を重ね、若手の画家達と交友を結び、昭和10年から始まる帝展改組の混乱期に、その年改組に反旗を翻した洋画部の画家達によって組織された第二部会展で特選と昭和洋画奨励賞を得て、画家として立つ決心がつくのでした。

翌11年は、脇田氏がよき先輩や仲間を得て生涯の制作発表の場となる新制作派協会を結成する年ですが、それは次号で述べることにいたします。

脇田和の作品の数々は「独立行政法人国立美術館」と「脇田和美術館」などにおいて見ることができます。

脇田和の絵画・洋画買取は古美術八光堂にお任せください。全国どこへでも出張買取いたします。

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脇田 和 年表

 
1908年
東京に生まれる。
1923年
青山学院中退、渡独。
1924年
ドイツ帝室技芸員マックス・ラーベスに師事。ミューラー・シェーンフェルト画塾 人体デッサンを学ぶ。
1925年
ベルリン国立美術学校に入学。リトグラフ・銅版画・木口木版などを学ぶ。
1930年
美術学校を卒業 同校より金メダル受賞。帰国。
1932年
第8回太平洋画会展出品。初入選。日本公募展初入選。
1933年
第20回光風会展光風会賞受賞。会友となる。帝展入選。
1934年
猪熊弦一郎・長谷川三郎らと交友。
1935年
初個展開催。
1936年
猪熊弦一郎・小磯良平ら8人と新制作派協会 結成。第1回新制作派会「ジャズバンド」「ダンス」の二部作「二人」出品。
1937年
ブブノワ女史に多色石版画の指導をうける。
1943年
フィリピン・マニラ陸軍報道部勤務。
1944年
内地連絡のため帰還。
1952年
ピッツバーグ国際展出品。
1955年
第3回サンパウロ国際ビエンナーレ展出品。第18回国際水彩画ビエンナーレ展出品。第3回日本国際美術展「あらそい」最優秀賞。
1956年
第七回毎日美術賞受賞。第28回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際展出品。第1回グッゲンハイム美術賞の日本国内賞「あらそい」が選ばれ、パリ国立近代美術館展覧。
1957年
脇田和展(ニューヨーク・コンテンポラリーズ画廊)。帰国。
1958年
シアトル、ロサンゼルス巡回個展。
1959年
東京藝術大学 後進の指導にあたる。
1964年
東京芸術大学助教授。
1968年
東京芸術大学教授。
1970年
同大学教授退官。
1972年
「戦後日本美術の展開・具象表現の変貌」展出品。
1991年
軽井沢 脇田美術館開館。ジャパンフェスティバル『ニュー・ウエイブ』展出品。勲四等旭日小綬章受賞。
1993年
「藤島武二と9人の若き洋画家たち」展出品。
1995年
日比谷第一生命本社1階に脇田和作品の常設ギャラリー「北ギャラリー」開廊。
1998年
「銀座百点」表紙絵展 1991年以降の表紙絵(コラージュ)54点出品。詩画集「鳥の夢」(詩・松永伍一 画・脇田和)出版。文化功労賞者。
1999年
東京芸術大学名誉教授就任。
2000年
脇田美術館開館10周年記念「脇田和未発表作品展」開催。脇田美術館開館10周年記念「脇田和未発表作品展」開催。
2005年
歿。

脇田 和 代表作

「鳥を持つ女」 (1953年) 東京国立近代美術館所蔵
「貝殻と鳥」 (1954年) 東京国立近代美術館所蔵
「鳥と顔」 (1960年) 東京国立近代美術館所蔵
「花と実」 (1960年) 東京国立近代美術館所蔵
「りんごとびんと鳥」 (1968年) 東京国立近代美術館所蔵
「街に住む人」 (1979年)
「かくれんぼ」 (1980年) 東京国立近代美術館所蔵
「眠りをさます羽音」 (1981年) 東京国立近代美術館所蔵
「アトリエC-126発足30周年記念 オリジナル版画集」より Magic Box (1997年) 東京国立近代美術館所蔵
「鳩家族」 (2000年)
脇田 和
脇田 和「街に住む人」(1979年)

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