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山本 鼎Kanae Yamamoto

山本鼎 写真

山本 鼎(1882~1946)

(写真は「山本鼎記念館」様より引用)

山本鼎は愛知県岡崎市出身で、長野県上田市に移住し、美術の大衆化、民衆芸術運動のなかに身を投じた版画家、洋画家、教育者であります。画家で詩人の村山槐多は従弟です。

間もなく、漢方医の父が医師資格取得に必要な西洋医学を学ぶため上京、一家は東京、浅草区山谷町に移住しました。小学校を卒業した鼎は、浜松町の木版工房で桜井虎吉の住込み徒弟となり、版画職人として自立する道を歩み始めます。
鼎16歳のとき、父が長野県小県郡神川村大屋(現上田市)に医院を開業、一家は移住、鼎にとって上田は第二の故郷となりました。
木版工房で9年間の年季奉公を終えた鼎は、他人の下絵を彫るだけの職人に満足できず、明治34年、東京美術学校西洋画科選科予科に入学しました。
明治45年7月、鼎は石井柏亭の妹、光子との結婚を石井家から拒絶されたことが発端で、パリへ旅立ちました。
大正5年6月、鼎はロシア経由で帰国の途につき、モスクワでは領事館の世話になり、帰国の旅費を得るため六カ月ほど滞在するが、この間、農民美術蒐集館を訪れ、児童創造展覧会も鑑賞しました。モスクワ滞在中、北原白秋と懇意な青年と会い、白秋の妹、家子との縁談を紹介され、帰国した翌年二人は結婚します。
大正7年には、戸張孤雁らと日本創作版画協会を設立し、日本画、洋画と並ぶべき版画の独自性を主張するなど今日の創作版画の隆盛をもたらすことに貢献しました。
フランスへ渡った当時、借金生活を送ったが、その後も農民美術の事業などで莫大な負債をかかえ生活は苦しみました。晩年は脳溢血で倒れ、療養生活を送った。昭和21年10月8日、腸捻転を病み、手術後なくなりました。

自由画教育運動と農民美術運動は、大正5年フランスからの留学の帰途、ロシアで見た児童画と農民工芸に注目、さらにトルストイが始めた農民学校の話に感激して、日本においても実行しようと始めたものでありました。
旧来の手本を模写させるだけの美術教育を批判、子供に自由に描かせる必要性を説いた自由画運動と、農閑期に工芸品を作り、副収入を得ると同時に、美術的な仕事を通して、農民の文化と思想を高めようとする農民美術の運動によって、鼎は大正デモクラシーの先駆者の一人として位置づけられています。

山本鼎の作品の数々は長野県上田市にある「山本鼎記念館」において見ることができます。

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山本 鼎 年表

 
1882年
愛知県岡崎市に生まれる。
1887年
一家東京に転居、浅草山谷に住む。
1892年
小学校尋常科四年を卒業、桜井暁雲(虎吉)方に弟子入りする。
1900年
一家上田市大屋に転居、父一郎医院を開業。
1902年
東京美術学校西洋画科選科入学。
1904年
木版二色刷「漁夫」発表、石井柏亭「刀画」と名づける。
1907年
石井柏亭、森田恒友らと『方寸』誌創刊。
1908年
パンの会発足、発起人となる。
1909年
北原白秋詩集「邪宗門」挿絵。
1912年
神戸港からフランス留学、エコール・ド・ボザールに入学、エッチングを学ぶ。
1914年
島崎藤村と親交、第一次世界大戦始り、ロンドンへ避難。
1915年
エコール・ド・ボザールに通学再開。
1916年
スェーデン、ドイツ、チェコ、ロシアを経てシベリア鉄道経由で帰国。帰国途中のモスクワにて児童想像美術展と農村工芸品展示所を見る。
1917年
日本美術院洋画部同人、長野県上田で金井正らと児童の美術教育の改革につき話し合う。北原白秋妹、家子と結婚、東京市外日暮里に新居を構える。
1918年
戸張弧雁、寺崎武男らと日本創作版画協会設立、会長となる。長野県小県郡神川村小学校で講演「児童自由画の奨励」。
1919年
東京・日本橋三越にて第1回日本創作版画協会展、日本児童自由画協会設立、執筆した「日本農民美術建業の趣意書」を神川村に配布、農民美術練習所を神川小学校に開講。
1920年
東京・日本橋三越で農民美術品展示即売会。
1921年
農民美術練習所を大屋に完成。
1923年
第2期農民美術講習を新築した農民美術研究所にて開始。
1931年
日本版画協会設立、副会長となる。
1935年
帝展参与、日本農民美術研究所閉鎖、春陽会脱退。
1936年
新文展審査員。
1940年
東京・日本橋三越で個展。
1942年
群馬県榛名湖畔に滞在。北原白秋死去、葬儀委員長をつとめる、榛名湖畔の旅館で脳溢血のため倒れ、高崎市内の病院で加療後、帰京。
1944年
病気療養のため上田市に転居。
1946年
腸捻転となり、入院して手術を受けた後死去。

山本 鼎 代表作

「漁夫」 (1904年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「自画像」 (1906年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「ブルターニュの小湾」 (1913年) 東京国立近代美術館所蔵
「裸婦」 (1915年) 東京国立近代美術館所蔵
「支那婦人」 (1917年) 東京国立近代美術館所蔵
「ブルターニュの入江(水辺の子供)」 (1917年) 東京国立近代美術館所蔵
「山鳩」 (1918年) 東京国立近代美術館所蔵
「水浴」 (1918年) 東京国立近代美術館所蔵
「房州の海」 (1919年) 東京国立近代美術館所蔵
「ブルトンヌ」 (1920年) 東京国立近代美術館所蔵
山本 鼎
山本 鼎「漁夫」(1904年)

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