
山下 清Kiyosi Yamasita

山下 清(1922〜1971)
(写真は「影絵の森美術館」様より引用)
山下清は日本中を放浪していたことで知られる洋画家です。
小学生の頃いじめに遭った際、ナイフで級友を傷つけたため、親からも心配されて千葉県市川市の知的障害児施設「八幡学園」へ収容されます。この学園での生活で「ちぎり紙細工」に遭遇しました。
これに没頭していく中で磨かれた才能は、精神病理学者の式場隆三郎たちからも愛されました。そして、大阪の朝日記念会館ホールで展覧会が開催され、清の作品は多くの人々から賛嘆を浴びました。
八幡学園での在籍期間は長かったものの、そこでの生活に飽きたのか、脱走、放浪の旅へと出て行きました。しかも、脱走の翌々年、受けることになっていた徴兵検査を受けたくなかったため、更に放浪を続けました。
21歳の時、食堂で手伝いをしていたところにやって来た八幡学園の職員によって、無理やり徴兵検査を受けさせられたが、兵役免除となります。
戦後は「日本のゴッホ」、「裸の大将」とよばれました。1956年の東京大丸の「山下清展」をはじめ、全国巡回展が約130回開かれ、観客は500万人をこえました。式場隆三郎らとともに約40日間のヨーロッパ旅行に出発し、各地の名所を絵に残しました。
晩年には『東海道五十三次』の制作を志して、東京から京都までのスケッチ旅行に出掛けました。およそ5年の歳月をかけて55枚の作品を遺しています。ただし、高血圧による眼底出血に見舞われ、その完成は危ぶまれていました。1971年7月12日、脳出血のため49歳の若さでなくなりました。
山下清の作品の数々は「山下清の公式ページ」において見ることができます。
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山下 清 年表
- 1922年
- 東京府東京市浅草区田中町(現・東京都台東区日本堤)に生まれる。
- 1925年
- 重い消化不良になり、一命は取りとめたものの、後遺症で軽い言語障害、知的障害に進行。
- 1928年
- 浅草の石浜小学校に入学する。
- 1934年
- 千葉県の養護施設「八幡学園」に入園する。
- 1939年
- 11月18日、突然、放浪の旅に出る。
- 1954年
- 鹿児島にて放浪生活を終える。
- 1959年
- ヨーロッパ9カ国を訪問する。
- 1971年
- 7月12日 他界(享年49歳)。
山下 清 代表作
- 「昇仙峡(貼り絵)」 (年)
- 「日本平よりの富士(貼り絵)」 (年)
- 「グラバー邸(貼り絵)」 (年)
- 「富田林の花火(貼り絵)」 (年)
- 「パリのサクレクール寺院(貼り絵)」 (年)
- 「トンネルのある風景(貼り絵)」 (年)
- 「長岡の花火(貼り絵)」 (年)
- 「魚つり(貼り絵)」 (年)
- 「桜島(貼り絵)」 (年)
- 「パリのエッフェル塔(ペン画)」 (年)

山下 清「昇仙峡(貼り絵)」(年)











