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川合 玉堂 Gyokudo Kawai

川合玉堂 写真

川合 玉堂(1873〜1957)

(写真は「玉堂美術館」様より引用)

川合玉堂は近代日本画壇の巨匠、川合玉堂は日本の自然をこよなく愛し、数多くの風景画を描きました。

明治6年愛知県に生まれ、14歳で京都の日本画家、諸月玉泉、のちに円山派の幸野楳嶺に師事し天分を大きく伸ばしました。
23歳で東京画壇に転じ、橋本雅邦に学び狩野派を極め、円山・四条派と狩野派を見事に融和させ、日本の四季が織りなす美しい自然の風物詩を情趣豊かで写実的に描く独自の境地を開きました。

東京美術学校教授、帝国芸術院会員など歴任し、昭和15年文化勲章を受章しました。昭和32年6月30日没、勲一等旭日大綬章を受賞。

川合玉堂の作品の数々は東京都青梅市にある「玉堂美術館」において見ることができます。

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川合 玉堂 年表

 
1873年
愛知県葉栗郡外割田村に筆墨紙商の長男として生まれる。
1887年
春、岐阜尋常高等小学校を卒業。9月、青木泉橋の紹介状をもって京都諸月玉泉の門に入り、「玉舟」の号を与えられる。京都にて望月玉泉門下、後に幸野楳嶺門下で円山・四条派を学ぶ。
1890年
17歳観業博覧会出品に当り、玉泉の玉と外祖父竹堂をとって、「玉堂」と改める。「春渓群猿図」「秋渓群鹿図」は第3回内国勧業博覧会に入選している。
1896年
23歳のとき上京し橋本雅邦に師事する。岡倉天心、雅邦、横山大観らの創立した日本美術院(1898年)には当初より参加。
1898年
10月、日本美術院創立、雅邦に従ってこれに加わる。
1900年
私塾「長流画塾」を主宰。
1906年
五二共進会審査員に任命。
1907年
第1回文部省美術展覧会(文展)審査員に任命。
1908年
1月、師、橋本雅邦死去、享年74才。玉堂を中心に芸術を論じ、風流を楽しむ山水会が生れ、爾後30年続く。
1915年
東京美術学校日本画科教授となり、日本画壇の中心的存在の一人となる。
1940年
文化勲章を受章。
1944年
頻繁に写生に訪れていた東京都西多摩郡三田村御岳(現・青梅市)に疎開、住居を「偶庵」、画室を「随軒」と称する。
1957年
没した。現在、同地には玉堂美術館がある。勲一等旭日大綬章を賜わる。

川合 玉堂 代表作

「小松内府図」 (1899年) 東京国立近代美術館所蔵
「二日月」 (1907年) 東京国立近代美術館所蔵
「行く春」 (1916年) 重要文化財、東京国立近代美術館所蔵
「朝もや」 (1936年) 東京国立近代美術館所蔵
「彩雨」 (1940年) 東京国立近代美術館所蔵
「祝捷日(しゅくしょうび)」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
「画帖(一)」 (1942〜1943年) 東京国立近代美術館所蔵
川合 玉堂
川合 玉堂「小松内府図」(1899年)

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