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小杉 放庵 Houan Kosugi

小杉放庵 写真

小杉 放庵(1881〜1964)

(写真は「小杉放菴記念日光美術館」様より引用)

小杉放庵は明治・大正・昭和時代の日本画、洋画家です。本名は国太郎、別号に未醒、放菴。

日光在住の洋画家・五百城文哉に学んだのち、上京して小山正太郎の不同舎に入塾。未醒と号して、主に太平洋画会展で活躍し、文展でも2度にわたって最高賞を受賞します。
大正末から昭和初頭にかけての時期に、雅号を放庵(のちに放菴)と改めて、次第に水墨と淡彩による表現への関心を深め、日本画の世界においても、独自の枯淡な境地を創造します。
代表作には、東京大学・安田講堂の壁画や「水郷」「山幸彦」「奥の細道画冊」などがあり、それらの作品に現われた自然への優しく確かな眼差しは、幼い頃に過した日光の風土に対する回想が基調になっているとされています

小杉放庵の作品の数々は日光市にある「小杉放菴記念日光美術館」において見ることができます。

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小杉 放庵 年表

 
1881年
12月29日、二荒山神社の神官であった小杉富三郎と妻・タエとの間の末子として、日光の山内で生まれる。
1893年
五百城文哉がシカゴ万博出品画制作のため日光に逗留、そのまま永住する。
1896年
中学校を退学し、五百城文哉の内弟子になる。
1899年
師の許しを得て再上京し、小山正太郎が主宰する画塾・不同舎に入る。
1903年
小山正太郎の推薦で近事画報社に入る。
1905年
鹿子木孟郎、石井柏亭、平福百穂らとともに美術文学雑誌『平旦』を創刊する。
1907年
美術雑誌『方寸』が創刊され、参加する。
1913年
フランス、イタリア、スペイン、イギリス、ドイツ、ロシアなどを旅行する。
1925年
東京大学安田講堂の壁画を描く。
1935年
帝国美術院の改組(松田改組)が行なわれ、帝国美術院会員となる。
1959年
日本芸術院会員を辞退する。
1960年
朝日新聞社の主催による画業60年展が日本橋高島屋で開催される。
1964年
82歳で逝去。法名は「放菴居士」。墓所は日光市所野の鳴沢左岸。

小杉 放庵 代表作

「双馬図」 (1925年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
「老尼図」 (1921年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
「白雲幽石図」 (1933年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
「浦島」 (1947年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
「河童図」 (1956年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
「山寺有酒」 (1958年) 小杉放菴記念日光美術館所蔵
小杉 放庵
小杉 放庵「山寺有酒」(1958年)

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