
中島 千波 Chinami Nakajima

中島 千波(1945〜)
(写真は「おぶせミュージアム・中島千波館」様より引用)
中島千波は戦争が終わる年である大変な時期であった昭和20年に父親もこれまた日本の画家であった中島清之氏の三男として、長野県の上高井郡小布施町にて生をうけました。
そんな中島千波氏はやはり父親の影響もあったのでしょうか、芸術の道をこころざす事になったのでしょう。大学は東京芸術大学美術学部日本画科に入学、そして同校を卒業する事になります。
この時期早くも第54回院展 (東京都美術館) に初出品して初入選するという頭角をあらわし、続くにも神奈川県美術展 (神奈川県立近代美術館)でK氏賞を受賞しました。
翌年には東京芸術大学の大学院を修了し、以降も数多くの賞を受賞していく事になります。
中島千波の作品の数々は長野県上高井郡小布施町にある「おぶせミュージアム・中島千波館」において見ることができます。
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中島 千波 年表
- 1945年
- 10月21日日本画家中島清之の三男として疎開先の長野県小布施町に生まれる。
- 1948年
- 神奈川県横浜市に帰郷する。
- 1965年
- 東京芸術大学美術学部日本画科に入学。
- 1969年
- 東京芸術大学日本画科卒業。第54回院展初入選。第四回神奈川県展にて受賞。
- 1970年
- 神奈川県美術展 (神奈川県立近代美術館)でK氏賞受賞。
- 1971年
- 東京芸術大学大学院修了。第1回山種美術館賞展出品。日本美術院院友推挙。
- 1977年
- 第32回春の院展奨励賞受賞。第62回院展奨励賞受賞。以後数回受賞。
- 1978年
- 第33回春の院展奨励賞受賞。
- 1979年
- 第5回山種美術館賞展、優秀賞受賞。
- 1980年
- 第2回秀作美術展招待。
- 1981年
- 第3回秀作美術展招待。第6回山種美術館賞展招待。
- 1983年
- 昭和世代日本画展。
- 1984年
- 第一回横の会 結成 出品(以後最終展まで)。
- 1985年
- 東京セントラル美術館・裸婦大賞展大賞。
- 1987年
- NHK「今日の料理」の表紙絵を担当。
- 1988年
- 第73回院展奨励賞受賞。朝日新聞朝刊 宮尾登美子作「きのね」の挿絵を担当。
- 1989年
- 第44回春の院展奨励賞受賞。ベルギー・ユーロバリア'89・ジャパン現代日本画展に出品。
- 1990年
- 朝日新聞連載挿絵展 NHK「今日の料理」原画展開催。横浜三溪園臨春閣の襖絵〈不二と桃花図〉〈松林図〉完成。第75回院展奨励賞受賞、特特に推挙。第1回両洋の眼(日本橋・三越)出品。
- 1991年
- 第46回春の院展奨励賞受賞。第76回院展奨励賞受賞。
- 1992年
- 長野県小布施町に「おぶせミュージアム「中島千波館」」開館。永井路子作『姫の戦国』(日本経済新聞連載小説)の挿詮を制作。
- 1993年
- 中島千波展が上諏訪・北澤美術館で開催。横浜市民ギャラリー「いきなり拒絶反応しないで」中島千波展開催。
- 1994年
- 鎌倉・鶴が岡八幡宮 斎官貴賓室床の間壁画〈日和麗麗孔雀の図〉完成披露。東京芸術大学美術学部助教授に任命。
- 1995年
- パリ三越エトワール『中島千波の世界』パリ展開。〈身延山枝垂桜〉(四曲半双屏風)を制作。
- 1996年
- 日本橋三越本店にてパリ展の帰国記念展開催。日本橋高島屋にて第1回「目-それぞれのかたち展」開催。伊藤彬・中野嘉之・中島千波・畠中光享・林功により『目の会』を結成。
- 1998年
- 「中島千波の花宴展」京都・東京で開催。
- 1999年
- 「花と富士 中島千波屏風絵展」を東京にて開催。宮尾本『平家物語』(週刊朝日連載小説)の挿絵制作が始まる。
- 2000年
- 平家物語「青龍の巻」中島千波挿絵原画展開催 (日本橋・高島屋、他6会巡回)。
- 2001年
- 深川不動尊(成田山東京別院深川不動堂)内仏殿格天井の小下図(100号)完成。数年先に格天井完成予定。
中島 千波 代表作
- 「形態 '82-8」 (1982年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「92*眠→空」 (1992年) おぶせミュージアム・中島千波館所蔵
- 「北信秋果豊壌」 (1994年) おぶせミュージアム・中島千波館所蔵
- 「坪井の枝垂桜」 (1999年) おぶせミュージアム・中島千波館所蔵
- 「桜花皎月」 (2003年)
- 「般若院枝垂桜絢爛」 (2004年)
- 「花嵐中曽根の権現櫻」 (2004年)
- 「老樹三面薮椿」 (2005年)
- 「晴月の荘川櫻」 (2007年)

中島 千波「曙光」(1977年)











