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奥村 土牛 Togyo Okumura

奥村土牛 写真

奥村 土牛(1889〜1990)

(写真は「東信濃佐久穂町」様より引用)

奥村土牛は現代日本画壇の最高峰に位置した代表的な日本画家の一人です。本名:義三(よしぞう)、号である「土牛」です。それは出版社を営んでいた父が寒山詩の一節「土牛石田を耕す」から引用してつけられたことです。

16歳で梶田半古塾に入門し、小林古径より指導を受けました。刷毛で胡粉などを100回とも200回ともいわれる塗り重ねをし、非常に微妙な色加減に成功した作品が特徴とされます。
第二次大戦中から戦後にかけて四年間、八千穂村に疎開され黒沢会館(この美術館)の隣に住まわれていました。

高潔で至純な土牛美術を是非ご鑑賞ください。その作品の数々は長野県八千穂村にある「奥村土牛記念美術館」や「独立行政法人国立美術館」などにおいて見ることができます。

奥村土牛の絵画・日本画・掛軸買取は古美術八光堂にお任せください。全国どこへでも出張買取いたします。

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奥村 土牛 年表

 
1889年
東京市京橋区南鞘町(現東京都中央区京橋一丁目)に生まれる。
1900年
城東尋常小学校卒業。
1905年
梶田半古の門を叩き、当時塾頭であった小林古径に日本画を師事(16歳)。
1907年
東京勧業博覧会に『敦盛』が入選。
1914年
半古没後,古径に師事。
1917年
土牛の雅号を使用。
1920年
この年より約2年間、古径の画室で指導を受ける。
1921年
中央美術社第2回展「乙女椿」。
1923年
第4回展「犢」で注目を引く。
1924年
中央美術社第5回展「家」にて中央美術賞受賞。
1926年
この頃速水御舟に出会う。
1927年
再興第14回院展「胡瓜畑」初入選(38歳)。
1929年
再興第16回院展で「蓮池」日本美術院院友。
1932年
日本美術院同人。
1935年
帝国美術学校(現武蔵野美術大学)日本画科教授に就任。
1936年
第1回帝国美術展「鴨」で推奨第1位を獲得する。
1944年
東京美術学校(現東京芸術大学)講師。
1945年
空襲で家が焼け、長野へ疎開。
1947年
帝国芸術院会員。
1950年
武蔵野美術大学教授となる。
1958年
日本美術院監事・評議員に就任。
1959年
日本美術院理事。第44回院展に戦後の日本画の最高傑作 鳴門(山種美術館蔵)を発表。
1962年
文化勲章受章 ・併せて文化功労者となる。
1978年
日本美術院理事長に任命。
1980年
東京都名誉都民。
1990年
没、享年101。

奥村 土牛 代表作

「胡瓜畑」 (1927年) 東京国立近代美術館所蔵
「鴨」 (1936年) 東京国立近代美術館所蔵
「倭●」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
「鳴門」 (1959年) 山種美術館所蔵
「鹿」 (1968年)
「醍醐」 (1972年) 山種美術館所蔵
「閑日」 (1974年) 東京国立近代美術館所蔵
「吉野」 (1977年)
「富士宮の富士」 (1982年)
「蠣」 (1984年)
「寅」 (1984年)
奥村 土牛
奥村 土牛「醍醐」(1972年)

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