
塩川 文麟 Bunrin Shiokawa

塩川 文麟(1801〜1877)
塩川文麟は京都に生まれた日本画家です。
生年には異説があります。
父は、安井蓮華光院門跡の侍者です。字は子温、幼名は隼人。通称は図書です。
はじめ草章と号し、可竹斎などの別号があります。
門跡に画技を認められ、岡本豊彦に師事して四条派を学びます。
弘化2年に豊彦が没してからは、四条派を率い、明治初期までの京都画壇を代表する画家のひとりとなりました。
安政年間の御所再建に際して、常御殿などの絵画制作に携わりました。
幕末に平安四名家の一人といわれ、明治10年に70歳で亡くなるまで、京都画壇のリーダーとして活躍しました。
写生を大切にしながらも、そこに南画の味わいなどを加えた四条派の流れを受け継いだ人でした。
塩川文麟の作品は滋賀県近江八幡市にある「近江八幡市立資料館」で鑑賞することができます。
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塩川 文麟 年表
- 1801年
- 京都に生まれる。
- 1820年
- 醍醐寺三宝院新居之間の襖絵を描。
- 1836年
- 綾部、舞鶴などを旅して作品を遺す。
- 1845年
- 師:豊彦が没してからは、四条派を率い。
- 1847年
- 蛸薬師新町西に住む画人として皇都画人名録に名が出る。
- 1853年
- 中島来章に代わって薩摩藩主を二本松の邸に訪れ、大楠公を描いたりもした。
- 1868年
- 中島来章、円山応立、国井応文らと如雲社を結成。
- 1871年
- 中島来章の弟子であった幸野楳嶺、文麟の門に入る。
- 1875年
- 出品物を審査するに至った第四回京都博の品評方をつとめる。
- 1876年
- フィラデルフィア万国博覧会に出品。
- 1877年
- 没する。
塩川 文麟 代表作
- 「長命寺奉納絵馬」 (1865年) 近江八幡市立資料館所蔵
- 「韓信堪忍図」 (1871年) 徳島県立近代美術館所蔵
- 「常盤御前雪行」 (年) 徳島県立近代美術館所蔵
- 「松竹日月図屏風」 (年) 近江八幡市立資料館所蔵
- 「春景花卉図襖」 (年) 近江八幡市立資料館所蔵
- 「夏図額」 (年) 近江八幡市立資料館所蔵
- 「扇面図」 (年) 近江八幡市立資料館所蔵
- 「猩々図屏風」 (年) 大阪青山歴史文学博物館所蔵
- 「清水寺・宇治平等院図」 (年) 大阪青山歴史文学博物館所蔵
- 「水仙」 (年) 個人所蔵

塩川 文麟「水仙」(年)











