
秋野 不矩 Fuku Akino

秋野 不矩(1908~2001)
(写真は「秋野不矩美術館」様より引用)
秋野不矩は明治41年に磐田郡二俣町の城山(現:浜松市二俣町)に生まれた日本画家です。昭和2年に千葉県の石井林響氏に師事し、昭和4年に京都の西山翠嶂塾「青甲社」に入門しました。
28歳の時、新文鑑査展で選奨を受賞して以来、常に注目を集めてきました。
戦後間もないころ、新しい日本画を創造することを目的に「創造美術」の結成に参加し、官展時代の作風から脱却した西洋絵画の特質を取り入れた様式で創作活動を続けてきました。
そして、54歳の時にインドの大学へ客員教授として赴任して以来、インドに魅せられ、たびたびインドを訪れ風景や自然、寺院などをモチーフに作品を描きました。
また、インドにとどまらず、ネパール、アフガニスタン、カンボジアさらにはアフリカにも出掛け、創作の場を探し求め続け、平成11年11月には数々の功績が認められ、文化勲章を受章しました。
平成13年10月11日、心不全のため、京都の自宅で死去されました。93歳でした。
秋野不矩の作品の数々は浜松市天竜区にある「秋野不矩美術館」と「独立行政法人国立美術館」において見ることができます。
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秋野 不矩 年表
- 1908年
- 静岡県磐田郡二俣町城山に生まれる。本名ふく。
- 1926年
- 年静岡県女子師範学校を卒業し、天竜市横山高等小学校の教師となる。翌年9月教師を辞め千葉県大網町の石井林響のもとで日本画を学んだ。
- 1927年
- 千葉県の石井林響に入門。
- 1929年
- 京都の西山翠嶂塾「青甲社」に入門。
- 1936年
- 新文展鑑査展『砂上』入選、選奨(帝展の特選と同じ)受賞。
- 1938年
- 第2回新文展『紅裳』出品、特選受賞。 以後無鑑査となる。
- 1948年
- 上村松篁・廣田多津・吉岡堅ニ・山本丘人・福田豊四郎らと共に日展を離れて「創造美術」を結成。
- 1949年
- 京都市立美術専門学校助教授に就任。
- 1951年
- 「少年群像」で、第1回上村松園賞受賞。創造美術と新制作派協会が合流、新制作協会日本画部となる。
- 1962年
- インドのシャンチニケータンのビシュババーラティ大学(タゴール国際大学)に客員教授として招かれる。1年間滞在。以後10数回インドを訪れ、インドの風土などをモティーフに描き続ける。
- 1966年
- 京都市立美術大学教授となる。
- 1974年
- 京都市立芸術大学美術学部退職。名誉教授となる。「創画会」結成。会員となる。
- 1978年
- 京都市文化功労賞表彰。
- 1981年
- 京都府美術工芸功労者表彰。
- 1983年
- 天竜市(現:浜松市)名誉市民となる。
- 1986年
- 第27回毎日芸術賞受賞。
- 1988年
- 第1回京都美術文化賞受賞。
- 1990年
- 第43回中日文化賞受賞。
- 1991年
- 文化功労者顕彰
- 1993年
- 第25回日本芸術大賞受賞。
- 1998年
- 天竜市立秋野不矩美術館(現:浜松市秋野不矩美術館)開館。
- 1999年
- 第17回京都府文化賞受賞。文化勲章受章。
- 2001年
- 永眠。享年93才。
秋野 不矩 代表作
- 「桃に小禽」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「五月」 (1953年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「インド女性」 (1964年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「カミの泉」 (1976年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「残雪」 (1980年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「池のほとり」 (1983年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「土の祈り」 (1983年) 京都国立近代美術館所蔵
- 「廻廊」 (1984年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「土の家(A)」 (1987年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「廃墟2」 (1989年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「ラージャラーニー寺院1」 (1995年) 秋野不矩美術館所蔵
- 「芍薬猫」 (年) 秋野不矩美術館所蔵

秋野 不矩「インド女性」(1964年)













