
守屋 多々志Tadashi Moriya

守屋 多々志(1912〜2003)
(写真は「大垣市守屋多々志美術館」様より引用)
守屋多々志は岐阜県大垣市出身の日本画家です。本名は正(ただし)。
昭和から平成にかけて日本美術院において活躍し、太平洋戦争従軍時やイタリア留学時を除い、ほぼ毎年出品していました。
守屋の描いた作品は、歴史と古典への深い教養に根ざし、歴史人物を堅牢な絵画空間の中に描出した「歴史画」が中心であります。
また、その知識と姿勢が評価され、歴史考証が必要な小説挿絵や舞台美術、衣装デザインなどでも活躍しました。
イタリア留学以前は、日本古来の大和絵を意識した構成・筆遣いで描いているが、留学後しばらくは、明らかに洋画を意識した重厚なマチエールで描いており、以後も絵具を厚塗りした作品を多く描いています。
昭和40年以降は武者絵を中心に、背景に金泥を使うなど豪壮な作品も見受けられたが、昭和57年頃から黒を多用した暗めの作品が多く、直線で画面を区切ったり、独特の遠近感を持たせたりする作品を多く描いています。
守屋多々志の作品の数々は岐阜県大垣市郭町にある「大垣市守屋多々志美術館」において見ることができます。
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守屋 多々志 年表
- 1912年
- 岐阜県大垣市船町の味噌たまり製造元「四代目孫八」の四男(11人兄弟の8番目)として生まれる。
- 1930年
- 上京し、同郷の前田青邨に師事。
- 1931年
- 東京美術学校(現:東京藝術大学)日本画科に入学。
- 1936年
- 東京美術学校を卒業。
- 1941年
- 再興日本美術院第28回展に「継信忠信」が初入選。
- 1943年
- 第30回院展に「陸奥の宿」が入選、この年から雅号を「多々志」とする。
- 1954年
- 総理府留学生としてイタリアに2年間留学。
- 1967年
- 法隆寺金堂壁画再現模写開始。
- 1972年
- 文化庁より高松塚古墳壁画模写を委嘱され、東壁の女性群像を担当。
- 1974年
- 日本美術院同人に推挙される。
- 1976年
- 飛鳥保存財団より委嘱され、高松塚壁画館に展示するための壁画模写(20面)に総監督として従事。
- 1977年
- 第62回院展出品作品「駒競べ」にて文部大臣賞受賞。
- 1984年
- ローマ教皇庁より聖シルベストロ教皇騎士団勲章受章。
- 1985年
- 第70回院展出品作品「愛縛清浄」にて内閣総理大臣賞受賞。
- 2001年
- 文化勲章を受章。
- 2003年
- 聖路加国際病院において永眠。
守屋 多々志 代表作
- 「ふるさとの家」 (1949年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「アンジェリコの窓」 (1958年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「星と武者」 (1968年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「楊四娘」 (1969年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「砂に還る」 (1970年) 岐阜県美術館所蔵
- 「牡丹燈記」 (1971年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「月の宴」 (1974年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「衣香」 (1975年) 滋賀県立近代美術館所蔵
- 「初陣」 (1976年) 山種美術館所蔵
- 「駒競べ」 (1977年) 山種美術館所蔵
- 「キヨストロの少年使節」 (1979年) 国立国際美術館所蔵
- 「住吉燈台 夏祭」 (1985年) 大垣市守屋多々志美術館所蔵
- 「遊行柳 芭蕉」 (1989年) 高崎市タワー美術館所蔵
- 「アメリカ留学 津田梅子」 (1990年) 津田塾大学所蔵

守屋 多々志「住吉燈台 夏祭」(1985年)











