
小倉 遊亀 Yuki Ogura

小倉 遊亀(1895~2000)
小倉遊亀はは明治28年、滋賀県大津市に生まれた日本画家。大正2年に奈良女子高等師範学校に入学、ここで図画の教師であった横山常五郎に絵の指導を受けました。
その後、名古屋や横浜の高等学校で教鞭をとるかたわら、日本美術院同人であった安田靫彦画伯に師事、再興日本美術院展に出品して大正15年に「胡瓜」で初入選、昭和7年に同人に推挙されました。
昭和11年には教職を辞して画業に専念、以後平成12年7月に亡くなるまで、日本美術院を代表する画家として活躍しました。
小倉画伯の作品は、身近にあるものに題材をとった人物画や静物画が多くをしめています。澄んだ色彩と骨太な線描、そこから生まれてくる明快な造形には、東洋的な精神性を重んじる日本美術院の伝統を引き継いだうえで、なお豊かな日常感覚に支えられた近代的な表現が明確に打ち出されています。
小倉画伯が本格的に活動をはじめた昭和初期は、明治以降の日本画が一つの頂点を極めるとともに、また新たな展開を求められていました。そうした時代をくぐり抜けて築かれた画業は、まさに昭和の日本画に新しい変革をもたらしたものとみることができます。
小倉画伯の作品の数々は「独立行政法人国立美術館」において見ることができます。
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小倉 遊亀 年表
- 1895年
- 滋賀県大津市生まれ。
- 1913年
- 奈良女子高等師範学校に入学。水木要太郎と横山常五郎に絵の指導を受ける。
- 1917年
- 奈良女子高等師範(現・奈良女子大学)卒業。女子高で国文学を教える。
- 1920年
- 安田靫彦に師事。
- 1922年
- 日本美術院試作展 入選。
- 1926年
- 第13回院展 胡瓜 初入選。以後連続入選。
- 1932年
- 女性として初めて日本美術院同人となる。上村松園とともに日本を代表する女流画家に。
- 1936年
- 山岡鉄舟門下、小倉鉄樹と結婚。以後鎌倉に住む。
- 1951年
- 「小女」(東京国立近代美術館蔵)第8回毎日美術賞受賞。
- 1954年
- 「O夫人坐像」第4回上村松園賞。
- 1955年
- 「裸婦」(第39回院展出品)芸術選奨美術部門文部大臣賞。
- 1957年
- 「小女」(第41回院展出品)第8回毎日美術賞。
- 1962年
- 「母子」(第46回院展出品)第18回日本芸術院賞。
- 1977年
- 「曙光」が日本芸術院恩賜賞および日展内閣総理大臣賞受賞 文化庁買い上げ。日展理事就任。
- 1973年
- 勲三等瑞宝章受賞。
- 1975年
- 神奈川文化賞。
- 1976年
- 日本芸術院会員。
- 1978年
- 文化功労者に選ばれる。
- 1979年
- 滋賀県文化賞。
- 1980年
- 上村松園についで女性画家として二人目の文化勲章を受章。
- 1990年
- 96年まで日本美術院理事長を務める。
- 1994年
- 白寿を記念し、天皇皇后両陛下から銀杯一組と皇居の梅を拝受。
- 1995年
- 鎌倉市名誉市民となる。朝日新聞社主催「百歳記念 小倉遊亀展」。
- 1999年
- パリのエトワール美術館で「小倉遊亀展」開催。
- 2000年
- 7月23日急性呼吸不全のため105歳で永眠。
小倉 遊亀 代表作
- 「受洗を謳う」(1936年) 滋賀県立近代美術館所蔵
- 「浴女 その一」 (1938年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「浴女 その二」 (1939年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「観世音菩薩」 (1941年) 滋賀県立近代美術館所蔵
- 「豌豆」 (1942年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「O夫人坐像」 (1953年) 東京国立近代美術館所蔵
- 「小女」 (1956年)
- 「径」 (1966年) 東京藝術大学美術館所蔵
- 「舞妓」 (1969年) 京都国立近代美術館所蔵

小倉 遊亀「径」(1966年)













