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田崎 草雲 Soun Tazaki

田崎草雲 写真

田崎 草雲(1915〜1898)

(写真は「草雲美術館」様より引用)

田崎草雲は日本の南画画家です。名は芸(うん)です。

字は草雲。弟子に小室翠雲がいます。司馬遼太郎の短編「喧嘩草雲」のモデルです。
南画の師である谷文晁や先輩の渡辺崋山亡き後、書画会における草雲の評価は低かったとされます。草雲は文晁を畏敬はしたが、真似る事を恐れておりこれが巨星なきあとの画壇の風潮と合わなかったと見る事ができます。
また、周囲の南画の技術革新も進まなかったのが不遇時代を長くさせる要因となりました。しかし、この時期に写実のため本草学も学ぶという熱心さが彼のプロ意識の高さを物語っています。
凧の絵や浮世絵を書いたりして世渡りをする一方で、本分においては己の節は曲げないという江戸っ子としての「意地」の部分が草雲を大成させたと言えます。

田崎草雲の作品の数々は栃木県足利市緑町にある「草雲美術館」において見ることができます。

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田崎 草雲 年表

 
1815年
江戸小川町(現在の千代田区)足利藩江戸藩邸に足軽二人扶持の祐筆、田崎恒蔵の長子として生まれる。
1835年
家督を継母の連れ子に譲るため、足利藩を脱藩。放浪の後、江戸の加藤梅翁の門下となり号を梅渓とする。
1840年
谷文晁没す。
1843年
独立して浅草山谷堀の裏店に家を借りるが絵はまったく売れず。
1850年
禅学に傾倒、草雲の号を使う。周囲の評価も高まる。
1856年
草雲は江戸を去り足利へ帰郷。藩へ絵師として復帰する。
1858年
尊王志士と交わり幕府の嫌疑を受ける。
1868年
藩主以下重臣に説き藩論を尊王に統一させる。
1876年
第1回内国勧業博覧会へ画を出品し、高評を得る。
1878年
蓮岱寺山(現足利公園内)に草庵の白石山房をたてる。足利では多く弟子をとり絵画を教えた。
1890年
皇居の杉戸図を描く。帝室技芸員を拝命。
1898年
死去。墓は足利の西宮長林寺。
1968年
鈴木栄太郎が私費で草雲美術館を建設し、足利市に寄付。

田崎 草雲 代表作

「鍾馗」 (1890年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「月前蕪蛙」 (年) 東京藝術大学大学美術館所蔵
「秋冬芳瓶図」 (年) 草雲美術館所蔵
「戯架音呼図」 (年) 草雲美術館所蔵
「蓬莱仙宮図」 (年) 草雲美術館所蔵
「富嶽図」 (年) 草雲美術館所蔵
田崎 草雲
田崎 草雲「月前蕪蛙」(年)

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