
筑前国 宗三左文字Souzasamonji Chikuzennokuni
筑前国 宗三左文字(戦国時代〜)
(写真は「魂琥李斗」様より引用)
筑前国宗三左文字は刀剣。その所持主の移り変わりから、「義元左文字」と称される事もあります。
元々は戦国時代、畿内の三好宗三から甲斐・武田信玄の父武田信虎に贈られた刀であります。
その後、武田信虎が今川氏と和睦を示すものとして娘・定恵院を嫁がせる際に一緒に持たせました。その婿・今川義元は、この刀を自分の愛刀として大切にしたといいます。
桶狭間の戦いにおいて義元を敗死させた織田信長は、戦利品としてこの刀を取得。これは本能寺の変まで信長の手元にありました。
本能寺の変の後は、豊臣秀吉の手に渡った。秀吉死去後は、その子の豊臣秀頼の手に渡り、さらに、秀頼から徳川家康の手に渡りました。
この刀は、常に天下を取るもの、狙う者の手にある運命にあると歴史ファンが言うのも無理からぬことではあります。
筑前国宗三左文字は京都市北区にある「建勲神社」において見ることができます。
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筑前国 宗三左文字 年表
- 戦国時代
- 畿内の三好宗三から甲斐・武田信玄の父武田信虎に贈られた。
- 1560年
- 桶狭間の戦いにおいて義元を敗死させた織田信長は、戦利品としてこの刀を取得。
- 1561年
- 「禄三年五月十九日義元討補刻彼所持持刀織田尾張守信長」と刻印し、自分の愛刀とした。。
- 1582年
- 本能寺の変の後は、豊臣秀吉の手に渡った。
- 1598年
- 秀吉死去後は、その子の豊臣秀頼の手に渡り。
- 1603年
- 代々受け継がれていった。
- 1886年
- 明治天皇が信長に建勲(たけいさお)の神号を贈り、建勲神社が創建された。
- 現在
- 重要文化財である。
筑前国 宗三左文字
- 「宗三左文字」 (年) 建勲神社所蔵

筑前国 宗三左文字「宗三左文字」(年)











