
表 千家Senke Omote

表 千家(1522~)
(写真は「茶の湯 こころと美」様より引用)
表千家は茶道流派の一つです。
千利休を祖とする千家の本家にあたり、裏千家・武者小路千家と共に三千家と呼ばれます。正確な門弟数は不明であるが、裏千家の半数程度であると思われます。
現在の家元は、千利休から数えて、14代目の而妙斎(じみょうさい)千宗左(せんそうさ)家元である。代々の家元は紀州藩主である紀州徳川家(御三家)の茶頭として格式を誇り、紀州徳川家と強いつながりがあった三井家とも縁がありました。
宗家は京都市上京区寺之内通堀川東入にあります。表千家という名は、表千家を象徴する茶室不審菴(ふしんあん)が裏千家の今日庵に比して通りの表にあることに由来します。現在不審菴は財団法人不審菴が管理しています。
千利休の没後、傍系の少庵(後妻の連子)の後を継いだ宗旦が京都に屋敷を構え、次男 宗守・三男 宗左・四男 宗室にそれぞれ武者小路千家・表千家・裏千家を興させたのが三千家の始まりであるが、各家ともに家元は利休を初代として数えます。
表千家の家元は四代である江岑の諱「宗左」を受け継ぎ、家元後嗣(若宗匠)は「宗員」、隠居してからは元伯の諱「宗旦」を名乗る伝統であります。
表千家に関しては「茶の湯 こころと美」において見ることができます。
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表 千家 年表
- 1522年-1591年
- 初代:利休宗易。斎号:抛筌斎。
- 1546年-1614年
- 二代:少庵宗淳。利休の後妻宗恩の連れ子で女婿。
- 1578年-1658年
- 三代:元伯宗旦。斎号:咄々斎。
- 1613年-1672年
- 四代:江岑宗佐。斎号:逢源斎。
- 1650年-1691年
- 五代:良休宗左。斎号:随流斎。久田宗全の弟、襲名以前は宗巴と称した。
- 1678年-1730年
- 六代:原叟宗左。斎号:覚々斎。久田宗全の子、襲名以前は宗員と称した。
- 1705年-1751年
- 七代:天然宗左。斎号:如心斎。襲名以前は宗員と称した。
- 1744年-1808年
- 八代:件翁宗左。斎号:PU啄斎。襲名以前は宗員と称した、隠居して後は宗旦と称した。
- 1775年-1825年
- 九代:曠叔宗左。斎号:了々斎。久田宗渓の子。
- 1818年-1860年
- 十代:祥翁宗左。斎号:吸江斎。久田宗也の子で了々斎の甥、隠居して後は宗旦と称した。
- 1837年-1910年
- 十一代:瑞翁宗左。斎号:碌々斎。襲名以前は宗員と称した、隠居して後は宗旦と称した。
- 1863年-1937年
- 十二代:敬翁宗左。斎号:惺斎。
- 1901年-1979年
- 十三代:無盡宗左。斎号:即中斎。襲名以前は宗員と称した、隠居して後は宗旦と称した。
- 1938年-
- 十四代:宗左。斎号:而妙斎。襲名以前は宗員と称した、当代。
表 千家 代表作
- 「春の野大棗」 (9代了々斎) 個人所蔵
- 「宗哲吉野棗」 (10代吸江斎) 個人所蔵
- 「望棗」 (12代惺斎) 個人所蔵
- 「芽張柳大棗」 (12代惺斎) 個人所蔵
- 「色絵秋草蒔絵大棗」 (13代即中斎) 個人所蔵
- 「若松蒔絵大棗」 (13代即中斎) 個人所蔵
- 「誰袖四季棗」 (13代即中斎) 個人所蔵

表 千家「春の野大棗」(9代了々斎)













